史記 / 周本紀
」 褒姒不好笑,幽王欲其笑萬方,故不笑。幽王為烽燧大鼓,有寇至則舉烽火。諸侯悉至,至而無寇,褒姒乃大笑。幽王說之,為數舉烽火。其後不信,諸侯益亦不至。 幽王以虢石父為卿,用事,國人皆怨。石父為人佞巧善諛好利,王用之。又廢申后,去太子也。申侯怒,與繒、西夷犬戎攻幽王。幽王舉烽火徵兵,兵莫至。遂殺幽王驪山下,虜褒姒,盡取周賂而去。
新字:」 褒姒不好笑,幽王欲其笑万方,故不笑。幽王為烽燧大鼓,有寇至則舉烽火。諸侯悉至,至而無寇,褒姒乃大笑。幽王説之,為数舉烽火。其後不信,諸侯益亦不至。 幽王以虢石父為卿,用事,国人皆怨。石父為人佞巧善諛好利,王用之。又廃申后,去太子也。申侯怒,与繒、西夷犬戎攻幽王。幽王舉烽火徴兵,兵莫至。遂殺幽王驪山下,虜褒姒,尽取周賂而去。
書き下し
褒姒笑ふを好まず、幽王之をして万方に笑はしめんと欲するも、故に笑はず。幽王烽燧大鼓を為り、寇の至る有れば則ち烽火を挙ぐ。諸侯悉く至る、至りて寇無く、褒姒乃ち大いに笑ふ。幽王之を説び、数しば烽火を挙ぐ。其の後信ぜず、諸侯益ます亦た至らず。申侯怒り、犬戎と幽王を攻む。幽王烽火を挙げて兵を徴すも、兵至る莫し。遂に幽王を驪山の下に殺す。
現代語訳
褒姒は笑うことを好まず、幽王はあらゆる手を尽くして笑わせようとしたが、それでも笑わなかった。幽王は烽火台と大太鼓を設け、敵が来れば烽火を上げることにしていた。あるとき烽火を上げると、諸侯がこぞって駆けつけた。着いてみれば敵はいない。褒姒はそれを見て大笑いした。幽王は喜び、たびたび烽火を上げた。そのうち誰も信じなくなり、諸侯はますます駆けつけなくなった。申侯が怒り、犬戎とともに幽王を攻めた。幽王は烽火を上げて兵を呼んだが、兵は一人も来なかった。こうして幽王は驪山のふもとで殺された。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・疑似②周は酆・鎬に宅して戎人に近し。諸侯と約し、高葆禱を王路に為り、鼓を其の上に置き、遠近相聞く。即し戎の寇至れば、鼓を傳ちて相告げ、諸侯の兵皆至りて天子を救う。戎の寇當に至らんとし、幽王鼓を撃ち、諸侯の兵皆至れば、褒姒大いに說びて笑う。幽王、褒姒の笑を欲し、因りて數々鼓を撃ち、諸侯の兵數々至るも寇無し。後に至って戎の寇真に至り、幽王鼓を撃つも、諸侯の兵至らず。幽王の身は、乃ち麗山の下に死して、天下の笑いと為る。此れ夫の無寇を以て真の寇を失う者なり。賢者は小善以て大善を致すこと有り、不肖の者は小惡以て大惡を致すこと有り。褒姒の敗は、乃ち幽王をして小說を好みて以て大滅を致さしむ。故に形骸相離れ、三公九卿出で走る。此れ褒姒の死せし所用にして、平王の東徙せし所以なり。秦襄・晉文の王に勞して地を賜わりし所以なり。
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『十善法語』巻第五・不綺語戒晋書ニ。孝武帝ノトキ。張貴人寵冠後宮。時年近三十。帝戯之云。汝以年当廃矣。吾意更属少者。已酔寝清暑殿。貴人使婢以被蒙帝面而弑之ト。コレ等看ヨ。一言ノ戯カ身ヲ害スルシヤ。史記周本紀ニ。褒姒不好笑。幽王欲其笑。万方故不笑。幽王為烽燧大鼓。有寇至則挙烽火。諸侯悉至。至而無寇。褒姒乃大笑。幽王説之。為数挙烽火。其後不信。諸侯益亦不至。後西夷犬戎攻幽王。幽王挙烽火徴兵。兵莫至。遂殺幽王駆山下。虜褒姒。尽取周賂而去ト。古今聖代ト称スル周カ此時ヨリ衰テ再ヒ振ハスト云コトシヤ。
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『五常訓』巻之五・信一むかし魏の文侯と云ひし君、明日猟に出でんと下知せらる。然るに明日雨ふる。されども前言をたがへじとて、路まで出で、やがて帰られける。是信を民に失はじとなり。周の幽王は、無道の君なり。褒姒と云ふ美女を愛す。此女笑ふ事を好まず。或時隣国に変ありとて、烽火をあぐ。烽火は、相図の火をあげて、兵を招きよせんがため也。褒姒、烽火を見て大にわらふ。是より褒姒を笑はせんとて、烽火をあぐ。兵ども、変ありと思ひて集れども、其事なし。それより後は、しばしば烽火すれども、相図の火にあらざる事を知りて、兵あつまらず。或時他方より敵せめ来りしに、兵をまねかんため、烽火をしきりに挙ぐれども、兵ども、褒姒が為の烽火なりと思ひて集らず。幽王つひに敵のために殺されぬ。是民に信を失へるなり。
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史記 周本紀土演ぶる所無くんば、民財用に乏し、亡びずして何をか待たん。昔伊・洛竭きて夏亡び、河竭きて商亡ぶ。今周の徳二代の季の若し、其の川原又塞がる、塞がれば必ず竭く。夫れ国は必ず山川に依る。山崩れ川竭くるは、亡国の徴なり。川竭くれば必ず山崩る。若し国亡ぶとも十年を過ぎず、数の紀なり。天の棄つる所、其の紀を過ぎず」と。是の歳や、三川竭き、岐山崩る。三年、幽王褒姒を嬖愛す。褒姒子伯服を生み、幽王太子を廃せんと欲す。太子の母は申侯の女にして、后為り。後に幽王褒姒を得て、之を愛し、申后を廃し、并せて太子宜臼を去り、褒姒を以て后と為し、伯服を以て太子と為さんと欲す。周の太史伯陽史記を読みて曰く、「周亡びたり」と。昔夏后氏の衰へしより、二神龍有りて夏帝の庭に止まりて言ひて曰く、「余は、褒の二君なり」と。夏帝之を殺すと之を去ると之を止むるとを卜するに、吉なる莫し。其の漦を請ひて之を蔵せんことを卜するに、乃ち吉なり。是に於て幣を布きて之に策告す。龍亡せて漦在り、櫝にして之を去る。夏亡びて、此の器を殷に伝ふ。殷亡びて、又此の器を周に伝ふ。三代に比びて、敢へて之を発く莫し。厲王の末に至りて、発きて之を観る。漦庭に流れ、除く可からず。厲王婦人をして裸にして之に譟がしむ。漦化して玄黿と為り、以て王の後宮に入る。後宮の童妾既に齔にして之に遭ひ、既に笄して孕み、夫無くして子を生み、懼れて之を棄つ。宣王の時童女謡ひて曰く、「厭弧箕服、実に周国を亡ぼさん」と。是に於て宣王之を聞く。夫婦是の器を売る者有り、宣王執へて之を戮さしむ。道に逃れ、而して郷者の後宮の童妾の棄てし所の妖子の路に出づる者を見、其の夜啼くを聞き、哀れみて之を収む。夫婦遂に亡げて、褒に奔る。褒人罪有り、童妾の棄てし所の女子を王に入れて以て罪を贖はんことを請ふ。棄てられし女子褒より出づ、是を褒姒と為す。幽王の三年に当たり、王の後宮に之を見て愛し、子伯服を生む。竟に申后及び太子を廃し、褒姒を以て后と為し、伯服を太子と為す。太史伯陽曰く、「禍成れり、奈何ともす可き無し」と。
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国語・鄭語「夫れ虢石父(かくせきほ)は讒諂巧従の人なり。而るを立てて以て卿士と為す、剸同に与するなり。聘后を棄てて内妾を立つ、窮固を好むなり。侏儒・戚施(せきし)、実に御して側に在り、頑童に近づくなり。周の法昭らかならずして、婦言是れ行わる、讒慝を用うるなり。卿士を建立せずして、妖試幸措す、暗昧を行うなり。是の物や、以て久しかるべからず。且つ宣王の時童謡有りて曰く、『檿弧(えんこ)箕服(きふく)、実に周国を亡ぼさん』と。是に於て宣王之を聞く。夫婦の是の器を鬻(ひさ)ぐ者有り、王執えて之を戮せしむ。府の小妾女を生みて王の子に非ず、懼れて之を棄つ。此の人や、収めて以て褒(ほう)に奔る。天の此に命ずること久し、其れ又何ぞ為すべけんや。訓語に之有りて曰く、『夏の衰うるや、褒人の神化して二龍と為り、以て王庭に同(あつ)まりて、言いて曰く、「余は褒の二君なり」と。夏后之を殺すと之を去ると之を止むるとを卜するに、吉なる莫し。其の漦(し)を請いて之を蔵せんことを卜するに、吉なり。乃ち幣を布きて策もて之に告ぐ。龍亡せて漦在り、櫝(ひつ)にして之を蔵し、伝えて之を郊す』と。殷・周に及ぶまで、之を発(ひら)く莫し。厲王の末に及び、発きて之を観る。漦庭に流れて、除くべからず。
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国語・晋語一酒を飲みて出づ。史蘇大夫に告げて曰く、「男戎有らば必ず女戎有り。若し晋男戎を以て戎に勝たば、戎も亦必ず女戎を以て晋に勝たん。其れ之を若何せん」と。里克(りこく)曰く、「何如」と。史蘇曰く、「昔夏桀有施(ゆうし)を伐つ。有施人妹喜(ばっき)を以て女(めあわ)す。妹喜寵有り、是に於いてか伊尹と比して夏を亡ぼす。殷辛有蘇を伐つ。有蘇氏妲己(だっき)を以て女す。妲己寵有り、是に於いてか膠鬲(こうかく)と比して殷を亡ぼす。周の幽王有褒(ゆうほう)を伐つ。褒人褒姒(ほうじ)を以て女す。褒姒寵有り、伯服を生み、是に於いてか虢石甫(かくせきほ)と比し、太子宜臼(ぎきゅう)を逐いて伯服を立つ。太子出でて申に奔る。申人・鄫(そう)人西戎を召して以て周を伐ち、周是に於いてか亡ぶ。今晋は徳寡なくして俘女(ふじょ)を安んじ、又其の寵を増す。三季の王に当たると雖も、亦可ならずや。且つ其の兆に云う、『挟むに銜骨を以てし、歯牙猾を為す』と。我驪を伐たんことを卜して、亀往(ゆ)きて離散し以て我に応ず。夫れ是くの若きは、賊の兆なり。吾が宅に非ざるなり。離るること則ち之れ有り。其の国を跨がずして、挟むと謂うべけんや。其の君を得ずして、能く骨を銜まんや。若し其の国を跨ぎて其の君を得れば、歯牙に逢うと雖も、以て其の中を猾せば、誰か従わずと云わん。諸夏戎に従う、敗に非ずして何ぞや。政に従う者は以て戒めざるべからず。亡ぶること日無からん」と。

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