史記 / 夏本紀
皋陶曰、亦た行に九徳有り、亦た其の徳有るを言はん。乃ち言ひて曰、寛にして栗、柔にして立、願にして共、治にして敬、擾にして毅、直にして温、簡にして廉、剛にして実、彊にして義なり。其の常有るを章せば、吉なり。翕受普施し、九徳咸事へば、俊乂官に在り、百吏粛謹たり。其の人に非ずして其の官に居るは、是れ天事を乱すと謂ふ。
書き下し
皋陶曰く、「亦た行に九徳有り、亦た其の徳有るを言はん」と。乃ち言ひて曰く、「寛にして栗、柔にして立、願にして共、治にして敬、擾にして毅、直にして温、簡にして廉、剛にして実、彊にして義なり。其の常有るを章せば、吉なり。翕受普施し、九徳咸事へば、俊乂官に在り、百吏粛謹たり。其の人に非ずして其の官に居るは、是れ天事を乱すと謂ふ」と。
現代語訳
「優れた人格とは、相反する二つの性質を、バランスよく兼ね備えていることだ」——名臣・皋陶が説いた、九つの徳(九徳)を描いた一段です。皋陶は、優れた人物が備えるべき徳として、「九徳(九つの徳)」を挙げます。注目すべきは、その九つが、いずれも、一見相反する二つの性質を、バランスよく兼ね備えたものである点です。「寛にして栗(寬而栗)」——おおらかでありながら、締まりがある。「柔にして立(柔而立)」——柔和でありながら、(芯が)しっかり立っている。「願にして共(願而共)」——実直でありながら、恭しい。「治にして敬(治而敬)」——事を治める能力がありながら、慎み深い。「擾にして毅(擾而毅)」——素直で従順でありながら、(芯は)毅然としている。「直にして温(直而溫)」——まっすぐでありながら、温かい。「簡にして廉(簡而廉)」——大まかでおおらかでありながら、(筋は)きちんとしている。「剛にして実(剛而實)」——剛強でありながら、中身が充実している。「彊にして義(彊而義)」——強くありながら、道義にかなっている。いずれも、片方の性質だけに偏らず、相反する二つを、ちょうどよく調和させているのです。皋陶は、こうした徳を持つ人材が官職に就けば、「優れた人物が要職にあって、多くの役人が慎み深くなる(俊乂在官、百吏肅謹)」と言い、逆に「その任にふさわしくない人物が、その官職に就くのは、天の仕事を乱すことだ(非其人居其官、是謂亂天事)」と、適材適所の重要性を説きました。ここに、人格と適材適所についての教訓があります。第一に、優れた人格とは、一つの美点に偏るのではなく、一見相反する二つの性質を、バランスよく兼ね備えていることだということ(九徳)。おおらかさは締まりと、柔和さは芯の強さと、まっすぐさは温かさと——対になる性質を両立させてこそ、その美点は真に活きる。片方に偏れば、長所は短所に転じる(おおらかすぎればだらしなく、まっすぐすぎれば冷たくなる)。第二に、だからこそ、自分の長所を伸ばすとともに、それが偏りすぎないよう、対になる性質も養うこと。第三に、適材適所——その任にふさわしい人を、その官職に就けることの重要性(非其人居其官、是謂亂天事)。人格と能力の伴わない者を要職に就ければ、組織全体が乱れる。組織や自己修養で、優れた人格が相反する二つの性質のバランスにあると知ること、自分の長所が偏りすぎないよう対になる性質も養うこと、そして適材適所を徹底すること——皋陶の九徳は、バランスのとれた人格と、人材配置の要諦を教えます。