史記 / 太史公自序
太史公遷の手を執りて泣きて曰、余の先は周室の太史なり。後世中に衰へ、予に絶えんか。汝復た太史と為らば、則ち吾が祖を続がん。余死せば、汝必ず太史と為れ、太史と為らば、吾が論著せんと欲する所を忘るる無かれ。且つ夫れ孝は親に事ふるに始まり、君に事ふるに中し、身を立つるに終はる。名を後世に揚げ、以て父母を顕すは、此れ孝の大なる者なり。今漢興り、海内一統し、明主賢君忠臣死義の士あるも、余太史と為りて論載せずんば、天下の史文を廃せん、余甚だ懼る、汝其れ念へ。遷首を俯して涕を流して曰、小子不敏なれども、請ふ悉く先人の次する所の旧聞を論じ、敢へて闕くこと弗からんと。
書き下し
太史公遷の手を執りて泣きて曰く、「余の先は周室の太史なり。後世中に衰へ、予に絶えんか。汝復た太史と為らば、則ち吾が祖を続がん。余死せば、汝必ず太史と為れ、太史と為らば、吾が論著せんと欲する所を忘るる無かれ。且つ夫れ孝は親に事ふるに始まり、君に事ふるに中し、身を立つるに終はる。名を後世に揚げ、以て父母を顕すは、此れ孝の大なる者なり。今漢興り、海内一統し、明主賢君忠臣死義の士あるも、余太史と為りて論載せずんば、天下の史文を廃せん、余甚だ懼る、汝其れ念へ」と。遷首を俯して涕を流して曰く、「小子不敏なれども、請ふ悉く先人の次する所の旧聞を論じ、敢へて闕くこと弗からん」と。
現代語訳
「先人が果たそうとして果たせなかった志を受け継ぎ、それを完成させる」——司馬遷の父が、死の床で息子に託した遺言を描いた、感動的な一段です。歴史を記す職(太史)にあった司馬談(司馬遷の父)は、天子の重要な儀式に立ち会えなかった無念のうちに、病に倒れました。臨終に際し、彼は息子・遷の手を取り、涙ながらに、その志を託します。「わが家の先祖は、周王朝の太史であった。その家職が、後の世に衰えてしまった。それが、この私の代で、絶えてしまってよいものか。お前が再び太史となれば、わが祖先の職を継ぐことになる。私が死んだら、お前は必ず太史となれ。そして太史となったら、私が論じ著そうとしていたこと(歴史の編纂)を、けっして忘れるな」と。そして、孝の本当の意味を説きます。「そもそも孝行とは、親に仕えることに始まり、君主に仕えることを経て、最後は、自らを世に立てることに至る(孝始於事親、中於事君、終於立身)。後世に名を挙げ、それによって父母の名を顕すこと——これこそが、最も大きな孝行なのだ(揚名於後世、以顯父母、此孝之大者)」と。さらに、その使命の重さを訴えます。「今、漢が興り、天下は統一され、優れた君主や、忠義に殉じた臣下たちがいる。それなのに、太史たる私が、それらを記録に残さなければ、天下の歴史の記述が、廃れてしまう。私は、それを深く恐れているのだ。お前は、このことをよく心に留めよ」と。遷は、頭を垂れ、涙を流して答えました。「私は未熟者ですが、どうか、亡き父上が整理してこられた歴史の記録を、すべて論じ著し、けっして欠けることのないよう、努めさせていただきます」と。この父子の誓いから、後の大著『史記』が生まれたのです。ここに、志の継承についての教訓があります。第一に、先人が果たそうとして果たせなかった志や事業を、受け継ぎ、完成させることの尊さ。司馬遷は、父の未完の志を受け継ぐことを、生涯の使命として引き受けた。優れた事業は、しばしば一代では成らず、世代を超えて受け継がれてこそ完成する。第二に、真の「立身(身を立てること)」とは、単なる出世ではなく、価値ある仕事を成し遂げ、後世に残る名(=実績)を挙げることだということ(終於立身、揚名於後世)。第三に、自分の代で、価値あるもの(歴史の記録)が失われることを恐れ、それを守り伝える責任感(余甚懼焉)。組織や家において、先人の未完の志を受け継いで完成させること、真の立身とは価値ある仕事を成し後世に残すことだと知ること、そして自分の代で大切なものを失わせない責任感を持つこと——司馬談の遺言は、志を受け継ぐことの尊さを教えます。