史記 / 貨殖列伝
范蠡既雪會稽之恥,乃喟然而嘆曰:「計然之策七,越用其五而得意。既已施於國,吾欲用之家。」乃乘扁舟浮於江湖,變名易姓,適齊為鴟夷子皮,之陶為朱公。朱公以為陶天下之中,諸侯四通,貨物所交易也。乃治產積居。與時逐而不責於人。故善治生者,能擇人而任時。十九年之中三致千金,再分散與貧交疏昆弟。此所謂富好行其德者也。後年衰老而聽子孫,子孫修業而息之,遂至巨萬。
新字:范蠡既雪会稽之恥,乃喟然而嘆曰:「計然之策七,越用其五而得意。既已施於国,吾欲用之家。」乃乗扁舟浮於江湖,変名易姓,適斉為鴟夷子皮,之陶為朱公。朱公以為陶天下之中,諸侯四通,貨物所交易也。乃治産積居。与時逐而不責於人。故善治生者,能択人而任時。十九年之中三致千金,再分散与貧交疏昆弟。此所謂富好行其徳者也。後年衰老而聴子孫,子孫修業而息之,遂至巨万。
書き下し
范蠡既に会稽の恥を雪ぎ、乃ち扁舟に乗りて江湖に浮かび、名を変へ姓を易へ、陶に之きて朱公と為る。朱公陶は天下の中、諸侯四通し、貨物の交易する所と為すと以為し、乃ち産を治め居を積む。時と与に逐ひて人に責めず。故に善く生を治むる者は、能く人を択びて時に任す。十九年の中三たび千金を致し、再び分散して貧交疏昆弟に与ふ。此れ所謂富みて好んで其の徳を行ふ者なり。後年衰老して子孫に聴す、子孫業を修めて之を息し、遂に巨萬に至る。
現代語訳
范蠡は会稽の恥をすすいだのち、小舟に乗って川や湖に浮かび、名を変え姓を改め、陶へ行って朱公と名乗った。朱公は、陶は天下の中央にあって諸侯の四方に通じ、物資が交易される場所だと見て、そこで産業を営み、財を蓄えた。時勢に従って動き、人を責めなかった。だから、うまく生計を立てる者は、人をよく選んで、時勢に任せるのである。十九年の間に三度も千金を築き、そのうち二度は分け与えて、貧しい友人や遠縁の兄弟に配った。これこそ、いわゆる富んで好んでその徳を行う者である。晩年、老いてからは子孫に任せた。子孫は家業を守って増やし、ついに巨万の富に至った。
解説
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史記 越王句践世家范蠡曰く、「君は令を行ひ、臣は意を行ふ」と。乃ち其の軽宝珠玉を装ひ、自ら其の私の徒属と舟に乗り海に浮かびて以て行き、終に反らず。是に於て句践、会稽山を表して以て范蠡の奉邑と為す。范蠡海に浮かびて斉に出で、姓名を変じ、自ら鴟夷子皮と謂ひ、海畔に耕し、身を苦しめ力を戮せ、父子産を治む。居ること幾何も無くして、産数十万を致す。斉人其の賢を聞き、以て相と為す。范蠡喟然として嘆じて曰く、「家に居りては則ち千金を致し、官に居りては則ち卿相に至る。此れ布衣の極なり。久しく尊名を受くるは、不祥なり」と。乃ち相印を帰し、尽く其の財を散じ、以て分ちて知友郷党に与へ、而して其の重宝を懐きて、閒行して以て去り、陶に止まる。以為へらく、此れ天下の中にして、交易有無の路通じ、生を為すに以て富を致すべしと。是に於て自ら陶朱公と謂ふ。復た約して父子耕畜し、廃居し、時を候ひて物を転じ、什一の利を逐ふ。居ること何も無くして、則ち貲を致すこと巨万を累ぬ。天下陶朱公を称す。朱公陶に居り、少子を生む。少子壮に及びて、朱公の中男人を殺し、楚に囚はる。朱公曰く、「人を殺して死するは、職なり。然れども吾聞く、千金の子は市に死せずと」と。其の少子に告げて往きて之を視しむ。乃ち黄金千溢を装ひ、褐器の中に置き、載するに一牛車を以てす。且に其の少子を遣らんとす。朱公の長男固く請ひて行かんと欲す。朱公聴かず。長男曰く、「家に長子有るを家督と曰ふ。今弟罪有り、大人遣らずして、乃ち少弟を遺る。是れ吾不肖なればなり」と。自殺せんと欲す。其の母為に言ひて曰く、「今少子を遣るも、未だ必ずしも能く中子を生かさず。而るに先づ空しく長男を亡ふは、奈何」と。朱公已むを得ずして長子を遣り、一封の書を為りて故の善くする所の荘生に遺る。曰く、「至らば則ち千金を荘生の所に進め、其の為す所を聴け。慎みて与に事を争ふこと無かれ」と。長男既に行き、亦自ら私に数百金を齎す。
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史記 越王句践世家故に軽く之を棄て、惜吝する所に非ず。前日吾の少子を遣らんと欲せし所以は、固より其の能く財を棄つるが為の故なり。而るに長者は能はず、故に卒に以て其の弟を殺す。事の理なり、悲しむに足る者無し。吾日夜固より以て其の喪の来るを望めり」と。故に范蠡三たび徙り、名を天下に成す。苟くも去るのみに非ず、止まる所必ず名を成す。卒に陶に老死す。故に世伝へて陶朱公と曰ふ。太史公曰く、禹の功大なるかな。九川を漸し、九州を定め、今に至るまで諸夏艾安す。苗裔の句践に及び、身を苦しめ思ひを焦がし、終に彊呉を滅ぼし、北のかた兵を中国に観し、以て周室を尊び、号して霸王と称す。句践賢と謂はざるべけんや。蓋し禹の遺烈有り。范蠡三たび遷りて皆栄名有り、名後世に垂る。臣主此の若くんば、顕るること毋からんと欲すとも得んや。
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史記 貨殖列伝故に富を言ふ者は皆陶朱公を称す。子贛既に仲尼に学び、退きて衛に仕へ、曹・魯の間に廃著して財を鬻ぐ。七十子の徒、賜最も饒益たり。原憲は糟糠にも厭かず、窮巷に匿る。子貢は駟を結び騎を連ね、束帛の幣以て諸侯に聘享す。至る所、国君庭を分かちて之と礼を抗せざる無し。夫れ孔子の名をして天下に布揚せしめし者は、子貢之を先後すればなり。此れ所謂埶を得て益々彰はるる者か。白圭は周の人なり。魏の文侯の時に当たり、李克は地力を尽くすに務め、而して白圭は時の変を観るを楽しむ。故に人棄つれば我取り、人取れば我与ふ。夫れ歳孰すれば穀を取り、之に糸漆を予ふ。繭出づれば帛絮を取り、之に食を予ふ。太陰卯に在れば穣り、明歳は衰悪す。午に至れば旱し、明歳は美し。酉に至れば穣り、明歳は衰悪す。子に至れば大いに旱し、明歳は美しく、水有り。卯に至れば、積著すること率ね歳ごとに倍す。銭を長ぜんと欲すれば、下穀を取る。石斗を長ぜんとせば、上種を取る。
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史記 范雎蔡沢列伝身の服する所の者七十余城、功已に成れり、而して遂に剣を賜はりて杜郵に死す。呉起は楚の悼王の為に法を立て、大臣の威重を卑減し、無能を罷め、無用を廃し、不急の官を損じ、私門の請ひを塞ぎ、楚国の俗を一にし、游客の民を禁じ、耕戦の士を精にし、南のかた楊越を収め、北のかた陳・蔡を并せ、横を破り従を散じ、馳説の士をしてその口を開く所無からしめ、朋党を禁じて以て百姓を励まし、楚国の政を定め、兵は天下に震ひ、威は諸侯を服す。功已に成れり、而して卒に枝解せらる。大夫種は越王の為に深謀遠計し、会稽の危ふきを免れ、亡を以て存と為し、辱に因りて栄と為し、草を墾き邑に入れ、地を辟き穀を殖やし、四方の士を率ゐ、上下の力を専らにし、句践の賢を輔け、夫差の讎に報い、卒に勁呉を擒にす。越をして霸を成さしむ。功已に彰れて信なり、句践終に負きてこれを殺す。此の四子の者は、功成りて去らず、禍此に至る。此れ所謂信びて詘する能はず、往きて返る能はざる者なり。范蠡これを知り、超然として世を辟け、長く陶朱公と為る。君独り夫の博する者を観ずや。或いは大いに投ぜんと欲し、或いは功を分かたんと欲す。此れ皆君の明らかに知る所なり。今、君秦に相たり、計は席を下らず、謀は廊廟を出でずして、坐して諸侯を制し、利は三川に施し、以て宜陽を実たし、羊腸の険を決し、太行の道を塞ぎ、また范・中行の涂を斬り、六国をして合従するを得ざらしめ、桟道千里、蜀漢に通じ、天下をして皆秦を畏れしむ。秦の欲得たり、君の功極まれり、此れまた秦の功を分かつの時なり。是くの如くにして退かずんば、則ち商君・白公・呉起・大夫種是れなり。吾これを聞く、『水に鑒みる者は面の容を見、人に鑒みる者は吉と凶とを知る』と。書に曰く『成功の下には、久しく処るべからず』と。四子の禍、君何ぞ居らんや。
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史記 貨殖列伝呉楚七国の兵起こりし時、長安中の列侯封君、行きて軍旅に従ふに、子銭を齎貸せんとす。子銭の家以為へらく、侯の邑国は関東に在り、関東の成敗未だ決せずと。肯へて与ふる莫し。唯だ無塩氏、千金を出捐して貸し、其の息は之を什にす。三月にして呉楚平らぐ。一歳の中に、則ち無塩氏の息は什倍し、此を用て富は関中に埒し。関中の富商大賈は、大抵尽く諸田にして、田嗇・田蘭なり。韋家の栗氏、安陵・杜の杜氏も、亦巨万なり。此れ其の章章として尤も異なる者なり。皆爵邑奉禄有りて法を弄び姦を犯して富むに非ず。尽く椎埋して去就し、時と俯仰し、其の贏利を獲、末を以て財を致し、本を用て之を守り、武を以て一切にし、文を用て之を持す。変化に概有り。故に術とするに足るなり。力農畜、工虞商賈に至るまで、権利を為して以て富を成し、大なる者は郡を傾け、中なる者は県を傾け、下なる者は郷里を傾くる者の若きは、勝げて数ふ可からず。夫れ繊嗇筋力は、生を治むるの正道なり。而して富む者は必ず奇を用て勝つ。田農は掘業なれども、秦揚は以て一州に蓋たり。冢を掘るは姦事なれども、田叔は以て起こる。博戯は悪業なれども、桓発は用て富む。行賈は丈夫の賤行なれども、雍楽成は以て饒かなり。脂を販ぐは辱処なれども、雍伯は千金。漿を売るは小業なれども、張氏は千万。灑削は薄技なれども、郅氏は鼎食す。胃脯は簡微なるのみなれども、濁氏は騎を連ぬ。馬医は浅方なれども、張裏は鐘を撃つ。此れ皆誠壱の致す所なり。是に由りて之を観れば、富に経業無く、則ち貨に常主無し。能者は輻湊し、不肖者は瓦解す。千金の家は一都の君に比し、巨万なる者は乃ち王者と楽しみを同じくす。豈に所謂素封なる者か。非なるか。
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史記 貨殖列伝夫れ千乗の王、万家の侯、百室の君すら、尚ほ猶ほ貧を患ふ。而るを況んや匹夫編戸の民をや。昔者、越王句践、会稽の上に困しみ、乃ち范蠡・計然を用ふ。計然曰く、「闘ふを知れば則ち備へを修め、時に用ふれば則ち物を知る。二者形はるれば、則ち万貨の情得て観る可きのみ。故に歳金に在れば穣(みの)り、水なれば毀れ、木なれば饑ゑ、火なれば旱す。旱すれば則ち舟を資し、水なれば則ち車を資す。物の理なり。六歳穣り、六歳旱し、十二歳に一たび大いに饑う。夫れ糶(うりよね)は、二十なれば農を病ましめ、九十なれば末を病ましむ。末病めば則ち財出でず、農病めば則ち草辟かれず。上は八十を過ぎず、下は三十を減ぜずんば、則ち農末俱に利あり。糶を平らかにし物を斉しくし、関市乏しからざるは、治国の道なり。

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