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史記 / 亀策列伝

元王慨然として嘆じて曰、夫れ人の使を逆へ、人の謀を絶つは、是れ暴ならずや。人の有を取りて、以て自ら宝と為すは、是れ彊ならずや。寡人之を聞く、暴得する者は必ず暴亡し、彊取する者は必ず后に功無しと。桀紂は暴彊にして、身死し国亡ぶ。今我子を聴かば、是れ仁義の名無くして暴彊の道有り。未だ其の利を見ずして、恐らくは其の咎に離らん。趣かに駕して亀を送り、久しく留めしむる勿かれ。

書き下し

元王慨然として嘆じて曰く、「夫れ人の使を逆へ、人の謀を絶つは、是れ暴ならずや。人の有を取りて、以て自ら宝と為すは、是れ彊ならずや。寡人之を聞く、『暴得する者は必ず暴亡し、彊取する者は必ず后に功無し』と。桀紂は暴彊にして、身死し国亡ぶ。今我子を聴かば、是れ仁義の名無くして暴彊の道有り。未だ其の利を見ずして、恐らくは其の咎に離らん。趣かに駕して亀を送り、久しく留めしむる勿かれ」と。

現代語訳

「力ずくで奪い取ったものは、必ず、力ずくで失う」——宋の元王が、手に入れた宝物を、あえて手放した判断を描いた一段です。宋の元王は、漁師が捕らえた、神秘的な力を持つという亀(神龜)を手に入れました。臣下は、これを殺して占いに用い、宝とすることを勧めます。しかし元王は、深く嘆息して、こう述べました。「そもそも、(他者の)使者を捕らえ、その計画を断ち切るのは、乱暴なことではないか。他人が持っているものを取り上げて、それを自分の宝にするのは、力ずくの横暴ではないか(取人之有、以自為寶、是不彊乎)」と。そして、伝え聞いた金言を引きます。「私はこう聞いている。『力ずくで手に入れたものは、必ず、力ずくで失われる。無理に奪い取ったものは、必ず、後になって何の実りもない(暴得者必暴亡、彊取者必後無功)』と」。さらに、歴史の教訓を重ねます。「(暴君の)桀や紂は、乱暴で強引だったために、身は死に、国は滅んだ。今もし私が、(この亀を奪えという)お前の言葉に従えば、それは、仁義の名を失って、暴虐の道を歩むことになる。まだ何の利益も得ないうちに、かえって災いを招くことになりかねない」と。そして元王は、「すぐに車を出して、この亀を(元の場所へ)送り返せ。長く留め置いてはならない」と命じ、宝を手放したのです。ここに、正当でない獲得についての教訓があります。第一に、力ずくで、あるいは不当な手段で手に入れたものは、必ず、力ずくで、あるいは不当な形で失われるということ(暴得者必暴亡、彊取者必後無功)。正当でない手段で得た利益や地位は、その根が不正である以上、長続きしない。手段の正しさが、成果の持続を左右する。第二に、目先の宝(利益)に目がくらんで、仁義の道を踏み外せば、「まだ利益を得ないうちに、かえって災いを招く」ということ(未見其利、恐離其咎)。第三に、たとえ手に入る立場にあっても、それが正当でないと見れば、あえて手放す決断ができること。持てる力にまかせて何でも奪い取るのではなく、正しさによって、自らを律する。組織や事業で、不当な手段で得たものは必ず失われると知ること、目先の利益のために仁義の道を踏み外さないこと、そして正当でないものは手に入る立場でもあえて手放す自制を持つこと——宋元王の判断は、正しい手段の大切さを教えます。

解説

あなたは、力ずくや不当な手段で手に入れたものは、必ず、力ずくや不当な形で失われる(暴得者必暴亡)という道理を、理解していますか?目先の利益や成果に目がくらんで、正しい道(仁義)を踏み外し、かえって災いを招くことがないよう、注意できていますか?たとえ手に入れられる立場にあっても、それが正当でないと見れば、持てる力にまかせず、あえて手放す自制と決断を持てていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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