史記 / 亀策列伝
君子謂ふ、夫れ卜筮を軽んじ、神明を無みする者は、悖なり。人道に背きて、禎祥を信ずる者は、鬼神も其の正を得ず。故に書に稽疑を建つ、五謀にして卜筮其の二に居り、五占其の多きに従ふ、明らかに有りて専らにせざるの道なり。
書き下し
君子謂ふ、夫れ卜筮を軽んじ、神明を無みする者は、悖なり。人道に背きて、禎祥を信ずる者は、鬼神も其の正を得ず。故に書に稽疑を建つ、五謀にして卜筮其の二に居り、五占其の多きに従ふ、明らかに有りて専らにせざるの道なり。
現代語訳
「一つの拠り所を軽んじもせず、それだけに頼りもしない——複数の判断材料を組み合わせる」——占いをめぐって、偏らない判断のあり方を説いた一段です。司馬遷は、占い(卜筮)に対する、二つの極端を、いずれも戒めます。「君子はこう言う。占いを軽んじ、(人知を超えた)神妙な働きを、頭から無視してしまう者は、道理に外れている(輕卜筮、無神明者、悖)。しかし逆に、人としての正しい道(人道)をおろそかにして、(占いや)吉兆ばかりを盲信する者は、(そのやり方では)鬼神も、その正しい答えを与えてはくれない」と。一方を頭から否定するのも、他方を盲信するのも、どちらも偏りだ、というのです。そして、理想的な判断のあり方を、古の書物『書経』を引いて示します。「だから『書経』は、疑わしい問題を判断する方法(稽疑)を定めている。それによれば、判断の拠り所は五つあり(自分の考え、重臣の意見、庶民の意見、亀卜、筮占)、占い(卜筮)は、そのうちの二つを占めるにすぎない。そして、五つの占い(判断材料)のうち、多数が一致する方に従う(五占從其多)。これこそ、(占いという拠り所を)明らかに持ちながらも、それだけに頼りきらない、という道である(明有而不專之道也)」と。ここに、偏らない判断についての教訓があります。第一に、一つの拠り所や判断材料を、頭から軽んじて無視するのも、逆に、それだけを盲信して頼りきるのも、どちらも偏りであり、危ういということ。データを無視するのも、データだけを鵜呑みにするのも、どちらも判断を誤らせる。第二に、理想は「明有而不專」——ある拠り所を、明らかに一つの材料として持ちながらも、それだけに頼りきらないこと。一つの情報源、一人の意見、一つの指標を絶対視せず、あくまで複数の材料の一つとして扱う。第三に、複数の判断材料(自分の考え、周囲の意見、客観的な指標など)を組み合わせ、多くが一致する方向に従う(五占從其多)こと。多角的に検証してこそ、判断の質が上がる。組織や意思決定で、一つの拠り所を軽んじも盲信もせず一材料として扱うこと、複数の判断材料を組み合わせて多角的に検証すること、そして多くが一致する方向に従う「有りて専らにせず」の姿勢を持つこと——この一段は、偏らない判断のあり方を教えます。