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史記 / 日者列伝

賢の行ふや、直道以て正諫し、三たび諫めて聴かれざれば則ち退く。其の人を誉むるや其の報を望まず、人を悪むや其の怨を顧みず、国家に便に衆を利するを以て務めと為す。故に官其の任に非ざれば処らず、祿其の功に非ざれば受けず。人の正しからざるを見れば、貴しと雖も敬せず、人の污有るを見れば、尊しと雖も下らず。得るも喜びと為さず、去るも恨みと為さず。其の罪に非ざれば、累辱せらると雖も愧ぢざるなり。

書き下し

賢の行ふや、直道以て正諫し、三たび諫めて聴かれざれば則ち退く。其の人を誉むるや其の報を望まず、人を悪むや其の怨を顧みず、国家に便に衆を利するを以て務めと為す。故に官其の任に非ざれば処らず、祿其の功に非ざれば受けず。人の正しからざるを見れば、貴しと雖も敬せず、人の污有るを見れば、尊しと雖も下らず。得るも喜びと為さず、去るも恨みと為さず。其の罪に非ざれば、累辱せらると雖も愧ぢざるなり。

現代語訳

「真に優れた人とは、こういう生き方をする人だ」——占い師・司馬季主が語った、賢者の行いの理想を描いた一段です。地位の高低で人を測る二人の高官に対し、司馬季主は、真に優れた人(賢)とは、どういう行いをする者かを、堂々と説きます。「賢者の行いとは、こうだ。まっすぐな道理で、正しく諫言する。ただし、三度諫めても聞き入れられなければ、潔く退く(直道以正諫、三諫不聽則退)。人を褒めるときには、その見返りを期待しない(譽人不望其報)。人を批判するときには、その恨みを恐れない(惡人不顧其怨)。ひたすら、国家を安んじ、人々の利益になることを、務めとする(以便國家利眾為務)」と。さらに、その身の処し方を続けます。「だから、自分の能力に見合わない官職には就かず(官非其任不處也)、自分の功績に見合わない俸禄は受け取らない(祿非其功不受也)。相手が正しくなければ、たとえ身分が高くても敬わない。相手に汚れたところがあれば、たとえ地位が尊くても、へつらわない。官職を得ても、それを喜びとせず、失っても、それを恨みとしない(得不為喜、去不為恨)。自分に罪がなければ、たとえ辱めを受けても、恥じることはないのだ」と。地位や俸禄、他人の評価に一切左右されない、揺るがぬ生き方を示したのです。ここに、真の賢者の生き方についての教訓があります。第一に、まっすぐに諫言しつつ、聞かれなければ潔く退く、その出処進退の潔さ(三諫不聽則退)。しがみつくのでも、投げ出すのでもない、けじめのある身の処し方。第二に、人を褒めるにも批判するにも、見返りや恨みを計算せず、ただ公のため(國家利眾)を基準にすること。私心なく、公正であること。第三に、自分の能力・功績に見合わない地位や報酬は受け取らず、地位の得失に一喜一憂しない、その清廉と平静(官非其任不處、祿非其功不受、得不為喜去不為恨)。組織や人生で、諫言と退き際にけじめをつけること、私心でなく公を基準に人と接すること、そして分不相応な地位や報酬を求めず地位の得失に一喜一憂しないこと——司馬季主が説く賢者の行いは、揺るがぬ生き方の理想を教えます。

解説

あなたは、正しいと信じることは諫言しつつ、聞き入れられなければ潔く退くという、けじめのある出処進退ができていますか?人を褒めるにも批判するにも、見返りや恨みを計算せず、ただ公のため・皆の利益を基準に、私心なく行動できていますか?自分の能力や功績に見合わない地位や報酬を求めず、地位の得失に一喜一憂しない、清廉と平静を保てていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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