史記 / 日者列伝
」 二君曰:「尊官厚祿,世之所高也,賢才處之。今所處非其地,故謂之卑。言不信,行不驗,取不當,故謂之汙。夫卜筮者,世俗之所賤簡也。世皆言曰:『夫卜者多言誇嚴以得人情,虛高人祿命以説人志,擅言禍災以傷人心,矯言鬼神以盡人財,厚求拜謝以私於己。』此吾之所恥,故謂之卑汙也。
新字:」 二君曰:「尊官厚禄,世之所高也,賢才処之。今所処非其地,故謂之卑。言不信,行不験,取不当,故謂之汚。夫卜筮者,世俗之所賤簡也。世皆言曰:『夫卜者多言誇厳以得人情,虚高人禄命以説人志,擅言禍災以傷人心,矯言鬼神以尽人財,厚求拝謝以私於己。』此吾之所恥,故謂之卑汚也。
書き下し
二君曰く、「尊官厚祿は、世の高しとする所なり、賢才之に処る。今処る所其の地に非ず、故に之を卑と謂ふ。言信ならず、行験あらず、取当たらず、故に之を汙と謂ふ。夫れ卜筮なる者は、世俗の賤簡する所なり。世皆言ひて曰く、『夫れ卜者は多言誇厳して以て人情を得、虚しく人の祿命を高くして以て人の志を説ばしめ、擅に禍災を言ひて以て人の心を傷り、矯りて鬼神を言ひて以て人の財を尽くし、厚く拝謝を求めて以て己に私す』と。此れ吾が恥づる所、故に之を卑汙と謂ふなり」と。
現代語訳
二人の高官は言った。「高い官位と厚い俸禄は、世が尊ぶものであり、賢才の士がそこに就く。ところが今、あなたが身を置いているのはそういう場所ではない。だから卑しいと言うのだ。言葉に信がなく、行いに証がなく、選び取るものが的外れである。だから汚れていると言うのだ。そもそも占いというものは、世間が賤しめて軽んじるものだ。世の人はみなこう言う。『占い師は大げさに言葉を飾り立てて人の心を掴み、根拠もなくその人の運命を高く言って喜ばせ、勝手に災厄を告げて人の心を傷つけ、鬼神のことを偽って語って人の財産を絞り取り、手厚い謝礼を求めて自分のものにする』と。これこそ我々が恥じるところだ。だから卑しく汚れていると言うのだ」。
解説

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史記 日者列伝古より命を受けて王たる、王者の興るや、何ぞ嘗て卜筮を以て天命に決せざらんや。其の周に於いて尤も甚だしく、秦に及びて見る可し。代王の入るや、卜者に任ず。太卜の起こるは、漢興るに由りて有り。司馬季主は楚の人なり。長安の東市に卜す。宋忠中大夫と為り、賈誼博士と為る。同日俱に出でて洗沐し、相従ひて論議し、易の先王聖人の道術を誦し、人情を究め遍くし、相視て嘆ず。賈誼曰く、「吾聞く、古の聖人は、朝廷に居らずんば、必ず卜医の中に在りと。今、吾已に三公九卿朝士大夫を見るに、皆知る可し。試みに之を卜数の中に之きて以て采を観ん」と。二人即ち輿を同じくして市に之き、卜肆の中に游ぶ。天新たに雨ふり、道に人少なし。司馬季主間坐し、弟子三四人侍し、方に天地の道、日月の運、陰陽吉凶の本を弁ず。二大夫再拝して謁す。司馬季主其の状貌を視るに、知有る者に類するが如し。即ち之を礼し、弟子をして之を延きて坐せしむ。坐定まり、司馬季主復た前語を理め、天地の終始、日月星辰の紀を分別し、仁義の際を差次し、吉凶の符を列し、語ること数千言、理に順はざる莫し。宋忠・賈誼瞿然として悟り、纓を猟め襟を正して危坐して曰く、「吾、先生の状を望み、先生の辞を聴くに、小子窃かに世を観るに、未だ嘗て見ざるなり。今何ぞ居の卑しく、何ぞ行ひの汚れたる」と。司馬季主腹を捧げて大笑して曰く、「大夫を観るに道術有る者に類す。今何ぞ言の陋しく、何ぞ辞の野なるや。今、夫子の賢とする所の者は何ぞや。高しとする所の者は誰ぞや。今何を以て長者を卑汚とする」と。
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史記 日者列伝「公、夫の談士弁人を見るか。事を慮り計を定むるは、必ず是の人なり。然れども一言を以て人主の意に説く能はず。故に言へば必ず先王を称し、語れば必ず上古を道ふ。事を慮り計を定むるに、先王の成功を飾り、其の敗害を語り、以て人主の志を恐喜せしめ、以て其の欲を求む。多言誇厳、此より大なるは莫し。然れども国を彊くし功を成し、忠を上に尽くさんと欲せば、此に非ずんば立たず。今、夫の卜者は、惑ひを導き愚を教ふるなり。夫れ愚惑の人、豈に能く一言を以て之を知らんや。言は多きを厭はず。故に騏驥は罷驢と駟を為す能はず、而して鳳皇は燕雀と群を為さず、而して賢者も亦不肖の者と列を同じくせず。故に君子は卑隠に処りて以て衆を辟け、自ら匿れて以て倫を辟け、微かに徳順を見はして以て群害を除き、以て天性を明らかにし、上を助け下を養ひ、其の功利を多くして、尊誉を求めず。公の等は喁喁たる者なり。何ぞ長者の道を知らんや」と。宋忠・賈誼忽として自失し、芒乎として色無く、悵然として口を噤みて言ふ能はず。是に於いて衣を摂りて起ち、再拝して辞す。行くこと洋洋たり。門を出でて僅かに能く自ら車に上り、軾に伏して頭を低れ、卒に気を出だす能はず。
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史記 日者列伝述べて作らざるは、君子の義なり。今夫れ卜者は、必ず天地に法り、四時に象り、仁義に順ふ。莊子曰く、「君子は内に饑寒の患無く、外に劫奪の憂無く、上に居りて敬せられ、下に居りて害を為さざるは、君子の道なり」と。今夫れ卜筮なる者の業為るや、之を積むに委聚無く、之を蔵むるに府庫を用ゐず、持たざる索の物を持ちて、無窮の世に游ぶ。日中すれば必ず移り、月満つれば必ず虧く。先王の道、乍ち存し乍ち亡ぶ。公卜者に言必ず信ならんことを責むるは、亦た惑ひならずや。
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史記 日者列伝今、公の所謂賢者は、皆羞と為す可し。卑疵して前み、孅趨して言ひ、相引くに勢を以てし、相導くに利を以てし、比周して正を賓(しりぞ)け、以て尊誉を求め、以て公奉を受く。私利を事とし、主法を枉げ、農民を猟る。官を以て威と為し、法を以て機と為し、利を求めて逆暴なり。譬へば白刃を操りて人を劫かす者に異なる無し。初めて官に試みらるる時、力を倍して巧詐を為し、虚功を飾り空文を執りて以て主上を罔し、上に居るを用て右と為す。官に試みられて賢に譲り功を陳べず、偽を見て実を増し、無を以て有と為し、少を以て多と為し、以て便勢尊位を求む。食飲駆馳し、姫・歌児を従へ、親を顧みず、法を犯し民を害し、公家を虚しくす。此れ夫の盗を為して矛弧を操らざる者なり。攻めて弦刃を用ひざる者なり。父母を欺きて未だ罪有らず、君を弑して未だ伐たれざる者なり。
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史記 日者列伝太史公曰く、古者、卜人の載せざる所以の者は、多く篇に見えず。司馬季主に至るに及びて、余志して之を著す。褚先生曰く、臣郎為りし時、長安の中に游観し、卜筮の賢大夫を見る。其の起居行歩を観るに、坐起自ら動き、誓ひて其の衣冠を正して郷人に当たる。君子の風有り。性好く解する婦の来たりて卜するを見るに、之に対して顔色厳振し、未だ嘗て歯を見して笑はず。古より以来、賢者の世を避くるに、止まりて沢に舞ふに居る者有り、民間に居りて口を閉ぢて言はざる者有り、卜筮の間に隠居して以て身を全うする者有り。夫れ司馬季主は楚の賢大夫なり。長安に游学し、易経に通じ、黄帝・老子を術(まな)び、博聞遠見なり。其の二大夫貴人に対する談言を観るに、古の明王聖人の道を称引す。固より浅聞小数の能に非ず。卜筮を以て名声を千里に立つる者に及びては、各々往往にして在り。伝に曰く、「富を上と為し、貴之に次ぐ。既に貴ければ各々一伎能を学びて其の身を立つ」と。黄直は大夫なり。陳君夫は婦人なり。馬を相するを以て名を天下に立つ。斉の張仲・曲成侯は善く撃刺するを以て剣を用ふるを学び、名を天下に立つ。留長孺は彘を相するを以て名を立つ。滎陽の褚氏は牛を相するを以て名を立つ。能く伎能を以て名を立つる者甚だ多く、皆高世絶人の風有り。何ぞ言ふに勝ふ可けんや。故に曰く、「其の地に非ざれば、之を樹うるも生ぜず。其の意に非ざれば、之を教ふるも成らず」と。夫れ家の子孫を教ふるは、当に其の好む所以を視るべし。好みて苟くも生活の道を含まば、因りて之を成す。故に曰く、「宅を制し子に命ずるは、以て士を観るに足る。子に処る所有らば、賢人と謂ふ可し」と。臣郎為りし時、太卜の待詔して郎為る者と署を同じくす。言ひて曰く、「孝武帝の時、占家を聚会して之に問ふ、某日婦を取る可きか」と。
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史記 日者列伝司馬季主曰く、「公且く安坐せよ。公、夫の被髪の童子を見るか。日月之を照らせば則ち行き、照らさざれば則ち止まる。之に日月の疵瑕吉凶を問へば、則ち理(をさ)むる能はず。是に由りて之を観れば、能く賢と不肖とを知り別つ者は寡し。