史記 / 佞幸列伝
文帝嘗病癰,鄧通常為帝唶吮之。文帝不樂,從容問通曰:「天下誰最愛我者乎?」通曰:「宜莫如太子。」太子入問病,文帝使唶癰,唶癰而色難之。已而聞鄧通常為帝唶吮之,心慚,由此怨通矣。
新字:文帝嘗病癰,鄧通常為帝唶吮之。文帝不楽,従容問通曰:「天下誰最愛我者乎?」通曰:「宜莫如太子。」太子入問病,文帝使唶癰,唶癰而色難之。已而聞鄧通常為帝唶吮之,心慚,由此怨通矣。
書き下し
文帝嘗て癰を病むや、鄧通常に帝の為に之を唶吮す。文帝楽しまず、従容として通に問ひて曰く、「天下誰か最も我を愛する者ぞ」と。通曰く、「宜しく太子に如くは莫かるべし」と。太子入りて病を問ふや、文帝をして癰を唶はしむ、癰を唶ひて色之を難とす。已にして鄧通常に帝の為に唶吮すと聞き、心慚づ、此に由りて通を怨む。
現代語訳
文帝がかつて腫れ物を患ったとき、鄧通はいつも帝のためにそれを口で吸って膿を出した。文帝は気が晴れず、くつろいだ折に鄧通に尋ねた。「天下で誰が最も私を愛しているだろうか」。鄧通は言った。「太子に及ぶ方はおられますまい」。太子が見舞いに来たとき、文帝は太子に腫れ物を吸わせた。太子は吸ったが、その顔にはいかにも嫌そうな色が浮かんだ。のちに、鄧通がいつも帝のために吸っていると聞いて、太子は内心恥じ入った。これによって鄧通を怨むようになった。
解説
「取り入るための行き過ぎた振る舞いは、かえって他人を追い込み、恨みを買う」——寵臣・鄧通の、媚びが招いた思わぬ災いを描いた一段です。文帝の寵臣・鄧通は、皇帝に取り入るため、常軌を逸したことまでしました。文帝が悪性のできもの(癰)を患ったとき、鄧通は、そのできものの膿を、いつも口で吸い出して(唶吮)やっていたのです。あるとき、気分の晴れない文帝が、何気なく鄧通に問いました。「この天下で、いったい誰が、最も私を愛してくれているのだろうか」と。鄧通は答えます。「それは、(実のお子である)太子様をおいて、他にはございますまい」と。ところが、これが思わぬ事態を招きます。後日、太子(後の景帝)が父帝の見舞いに来たとき、文帝は太子に、(鄧通がしているように)できものの膿を吸い出すよう命じました。太子は、命令に従って膿を吸いはしたものの、その表情には、明らかな嫌悪の色が浮かんでいた(色難之)。しかも太子は、後になって、あの鄧通が、いつも進んで父帝の膿を吸っていたと聞き、(実の子である自分が嫌々やったことを)深く恥じ入り、このことから、鄧通を恨むようになったのです。鄧通の、寵愛を得るための度を越した振る舞いが、意図せず太子を追い込み、深い遺恨を生む結果となりました。ここに、行き過ぎた振る舞いについての教訓があります。第一に、取り入るための、度を越した振る舞いは、しばしば他人を追い込み、思わぬ恨みを買うということ。鄧通が進んで膿を吸ったことが、(それをやらされた、あるいは嫌々やった)太子に、比較の恥をかかせ、恨みの種を蒔いた。過剰な忠勤や献身は、周囲との比較を生み、他人を居心地悪くさせることがある。第二に、一人の相手(文帝)に取り入ることに夢中になって、周囲(次の権力者となる太子)との関係を損なう危うさ。目先の寵愛を得ることに目を奪われ、より長い目で見た人間関係を壊してしまった。第三に、恨みは、しばしば、本人が意図しないところで、静かに芽生えるということ。組織や人間関係で、取り入るための度を越した振る舞いが他人を追い込み恨みを買うと知ること、目先の寵愛のために周囲との関係を損なわないこと、そして恨みが意図せぬところで芽生えると自覚すること——鄧通の逸話は、過剰な媚びが招く災いを教えます。
この章句が説くこと
鄧通文帝の癰を吮ふ取り入る行き過ぎた振る舞い他人を追い込む比較の恥太子の恨み