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史記 / 大宛列伝

太史公曰、禹本紀に言ふ、河は崑崙より出づ、崑崙は其の高さ二千五百餘里、日月相ひ避け隠れて光明を為す所なりと。今張騫の大夏に使ひせしより後や、河源を窮むるに、悪くんぞ本紀の所謂崑崙なる者を睹んや。故に九州の山川を言ふは、尚書之に近し。至りて禹本紀・山海経に有る所の怪物は、余敢て之を言はざるなり。

新字:太史公曰、禹本紀に言ふ、河は崑崙より出づ、崑崙は其の高さ二千五百余里、日月相ひ避け隠れて光明を為す所なりと。今張騫の大夏に使ひせしより後や、河源を窮むるに、悪くんぞ本紀の所謂崑崙なる者を睹んや。故に九州の山川を言ふは、尚書之に近し。至りて禹本紀・山海経に有る所の怪物は、余敢て之を言はざるなり。

書き下し

太史公曰く、禹本紀に言ふ、「河は崑崙より出づ、崑崙は其の高さ二千五百餘里、日月相ひ避け隠れて光明を為す所なり」と。今張騫の大夏に使ひせしより後や、河源を窮むるに、悪くんぞ本紀の所謂崑崙なる者を睹んや。故に九州の山川を言ふは、尚書之に近し。至りて禹本紀・山海経に有る所の怪物は、余敢て之を言はざるなり。

現代語訳

「実際に確かめられた事実を重んじ、確かめようのない伝聞や作り話は、軽々しく口にしない」——司馬遷の、実証を重んじる態度を示した、この篇の結びです。司馬遷は、古い書物『禹本紀』が語る、伝説的な記述を引きます。「黄河は崑崙山から流れ出る。崑崙山は高さ二千五百里余りもあり、日と月が、その山を避けて隠れることで、(交互に)光を放つ場所である」といった、神話的な壮大な話です。そのうえで、司馬遷は、実証の観点から、これを冷静に検討します。「今、張騫が実際に大夏まで使者として赴き、(西域を実地に調査して)黄河の源流を探し求めたけれども、いったいどこに、『禹本紀』の言うような(あの神話的な)崑崙山を見たというのだろうか(惡睹本紀所謂崑崙者乎)」と。実際に足を運んで確かめてみれば、伝説の崑崙山など、どこにもなかった、というのです。そして彼は、記述の信頼性を、実証にもとづいて評価します。「だから、天下の山や川について記した書物としては、(比較的地に足のついた)『尚書』のほうが、実際に近い。一方、『禹本紀』や『山海経』に載っているような、(実在の確かめようもない)怪物の類については、私は、あえて口にしない(余不敢言之也)」と。確かめられないことは、いくら面白くても、軽々しく事実として語らない——その禁欲的なまでの誠実さで、篇を結んだのです。ここに、実証と知的誠実さについての教訓があります。第一に、伝聞や言い伝え、権威ある古い記述であっても、鵜呑みにせず、実際に確かめられた事実と照らし合わせて検証すること。司馬遷は、『禹本紀』の権威に従わず、張騫の実地調査という事実に照らして、その記述を退けた。権威や通説より、検証された事実を重んじる姿勢。第二に、実際に足を運び、自分の目で確かめること(張騫の実地調査)の価値。机上の伝聞をいくら重ねても、一度の実地の確認には及ばない。第三に、確かめようのないこと、確信の持てないことは、いくら魅力的でも、軽々しく事実として語らない誠実さ(余不敢言之也)。分からないことを、分かったかのように語らない禁欲。組織や仕事で、伝聞や通説を鵜呑みにせず検証された事実と照らすこと、実際に足を運んで自分の目で確かめることの価値を知ること、そして確かめられないことを軽々しく事実として語らない誠実さを持つこと——司馬遷の結びは、実証を重んじる知的誠実さを教えます。

解説

あなたは、伝聞や言い伝え、権威ある人の言葉であっても、鵜呑みにせず、実際に確かめられた事実と照らし合わせて検証していますか?机上の情報を重ねるだけでなく、実際に現場に足を運び、自分の目で確かめることの価値を、実践できていますか?確かめようのないことや確信の持てないことを、いくら魅力的でも、軽々しく事実として語らない誠実さを、保てていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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