史記 / 大宛列伝
博望侯騫外国の道を開きて以て尊貴なるより、其の後従ふ吏卒皆争ひて上書して外国の奇怪利害を言ひ、使ひを求む。来還するに幣物を侵盗する毋き能はず、及び使ひ指を失ふ。其の吏卒亦た輒ち復た盛んに外国の有る所を推し、大を言ふ者には節を予へ、小を言ふ者には副と為す、故に妄言無行の徒皆争ひて之に効ふ。其の使ひは皆貧人の子、県官の齎物を私し、賤売して以て其の利を私せんと欲す。外国も亦た漢使の人人言に軽重有るを厭ふ。
書き下し
博望侯騫外国の道を開きて以て尊貴なるより、其の後従ふ吏卒皆争ひて上書して外国の奇怪利害を言ひ、使ひを求む。来還するに幣物を侵盗する毋き能はず、及び使ひ指を失ふ。其の吏卒亦た輒ち復た盛んに外国の有る所を推し、大を言ふ者には節を予へ、小を言ふ者には副と為す、故に妄言無行の徒皆争ひて之に効ふ。其の使ひは皆貧人の子、県官の齎物を私し、賤売して以て其の利を私せんと欲す。外国も亦た漢使の人人言に軽重有るを厭ふ。
現代語訳
「先駆者の成功が世に開かれると、それを私利に利用しようとする者が群がり、質を損なう」——張騫の偉業が生んだ、思わぬ弊害を描いた一段です。張騫が、危険な西域への道を切り開き、その功績で「博望侯」として尊い地位を得ると、思わぬ副作用が起こりました。彼に付き従っていた下役たちが、こぞって「外国には、こんな珍しいもの、こんな利益がある」と、大げさな上書をして、我も我もと使者に志願し始めたのです。動機は、国のためではなく、私利でした。彼らは、使者として派遣されると、道中で公の財物をくすね(侵盜幣物)、使命を果たさない(失指)者が続出します。朝廷の側も、大きなことを言う者には正使の資格を、小さなことを言う者には副使を与えたため、「でたらめを並べる、身持ちの悪い連中が、こぞってこれを真似た(妄言無行之徒皆爭效之)」。使者たちの多くは貧しい家の出で、公費で持たされた品物を私物化し、それを安売りして私腹を肥やそうとしました。その結果、外国の人々も、「漢の使者は、めいめい言うことがまちまちで、信用ならない」と、嫌気がさすようになったのです。張騫という一人の先駆者が誠実に切り開いた道が、後から群がった opportunist たちによって、質を損なわれ、信用を落としていきました。ここに、先駆者の成功とその後についての教訓があります。第一に、先駆者が誠実に切り開いた成功や道が、世に開かれると、それを私利のために利用しようとする者が群がり、しばしば質を損なうということ。張騫の偉業に群がった下役たちは、志ではなく私欲で動き、でたらめと不正で、開かれた道を汚した。成功には、必ず、それを食い物にしようとする者が寄ってくる。第二に、大きなことを言う者を安易に登用すれば、「でたらめを並べる者」が得をする仕組みになり、真面目な者が馬鹿を見るということ。評価や登用の基準を誤れば、悪貨が良貨を駆逐する。第三に、一部の者の不誠実が、全体の信用を損なうということ(外国が漢使を信用しなくなった)。組織や事業で、先駆者の成功を私利で食い物にしようとする者への警戒を持つこと、大言壮語でなく実質で人を評価する基準を保つこと、そして一部の不誠実が全体の信用を損なうと自覚すること——張騫以後の弊害は、成功の後に生じる落とし穴を教えます。