史記 / 酷吏列伝
張湯は、杜の人なり。其の父長安の丞為り、出づるに、湯児として舍を守る。還りて鼠肉を盗む、其の父怒りて、湯を笞つ。湯窟を掘りて盗鼠及び餘肉を得、鼠を劾し掠治し、爰書を伝へ、訊鞫論報し、并せて鼠と肉とを取り、獄を具へて堂下に磔す。其の父之を見て、其の文辞を視るに老獄吏のごとし、大いに驚き、遂に獄を書かしむ。
新字:張湯は、杜の人なり。其の父長安の丞為り、出づるに、湯児として舎を守る。還りて鼠肉を盗む、其の父怒りて、湯を笞つ。湯窟を掘りて盗鼠及び余肉を得、鼠を劾し掠治し、爰書を伝へ、訊鞫論報し、并せて鼠と肉とを取り、獄を具へて堂下に磔す。其の父之を見て、其の文辞を視るに老獄吏のごとし、大いに驚き、遂に獄を書かしむ。
書き下し
張湯は、杜の人なり。其の父長安の丞為り、出づるに、湯児として舍を守る。還りて鼠肉を盗む、其の父怒りて、湯を笞つ。湯窟を掘りて盗鼠及び餘肉を得、鼠を劾し掠治し、爰書を伝へ、訊鞫論報し、并せて鼠と肉とを取り、獄を具へて堂下に磔す。其の父之を見て、其の文辞を視るに老獄吏のごとし、大いに驚き、遂に獄を書かしむ。
現代語訳
「人の生まれ持った性質や才は、幼い頃の何気ない振る舞いに、すでに表れている」——後の大官・張湯の、子ども時代の逸話を描いた一段です。張湯は、後に武帝の時代を代表する、法の執行者(酷吏)となった人物です。その父は長安の役人でした。あるとき、父が外出し、まだ幼い張湯が留守番をしていたところ、鼠が肉をかじり盗んでしまいました。帰宅した父は怒って、張湯を鞭で打ちます。すると張湯は、ただ叱られて済ませませんでした。彼は鼠の巣穴を掘り返し、盗んだ張本人である鼠と、かじり残しの肉を証拠として押さえます。そして——本物の裁判さながらに、鼠を「被告」として告発し(劾鼠)、取り調べを行い、供述調書を作成し、罪状を論告して判決を下し、鼠と肉を証拠物件として、庭先で鼠を磔(はりつけ)の刑に処したのです。幼い子どもの遊びとは思えない、本格的な「裁判」でした。帰ってこの一部始終と、張湯が書いた文書を見た父は、その文章がまるで経験豊かな老練の裁判官のようであることに、大いに驚き、そのとき以来、息子に裁判の文書を書かせるようになった、といいます。ここに、資質と個性についての教訓があります。第一に、人の生まれ持った性質や才能は、幼い頃の何気ない振る舞いの中に、すでにはっきりと表れているということ。張湯が鼠を裁いた逸話は、彼が持って生まれた、法と裁きへの資質を、鮮やかに示している。人の本質的な個性は、早くから芽を出している。第二に、そうした資質は、それ自体が善でも悪でもなく、どう用い、どう育てるかによって、活きも仇ともなるということ。張湯の才は、後に法の執行者として大いに発揮されたが、同時に、その苛酷さゆえに人を苦しめ、最後は自らの身を滅ぼす一因ともなった。天賦の才は、諸刃の剣である。第三に、周囲の者(父)が、その資質を早くに見抜き、伸ばす方向を与えたということ。組織や教育の場で、人の資質や個性が早くから振る舞いに表れると知ること、その資質は用い方次第で活きも仇ともなると理解すること、そして人の持ち味を早くに見抜いて伸ばす目を持つこと——張湯の子ども時代の逸話は、生まれ持った性質と、その活かし方を考えさせます。