史記 / 儒林列伝
竇太后老子の書を好み、轅固生を召して老子の書を問ふ。固曰、此は是れ家人の言のみ。太后怒りて曰、安くんぞ司空城旦の書を得んやと。乃ち固をして圈に入りて豕を刺さしむ。景帝太后の怒りて固の直言にして罪無きを知り、乃ち固に利兵を假し、圈に下りて豕を刺さしむ、正に其の心に中り、一刺にして、豕手に応じて倒る。太后默然として、以て復た罪する無く、之を罷む。
新字:竇太后老子の書を好み、轅固生を召して老子の書を問ふ。固曰、此は是れ家人の言のみ。太后怒りて曰、安くんぞ司空城旦の書を得んやと。乃ち固をして圏に入りて豕を刺さしむ。景帝太后の怒りて固の直言にして罪無きを知り、乃ち固に利兵を仮し、圏に下りて豕を刺さしむ、正に其の心に中り、一刺にして、豕手に応じて倒る。太后黙然として、以て復た罪する無く、之を罷む。
書き下し
竇太后老子の書を好み、轅固生を召して老子の書を問ふ。固曰く、「此は是れ家人の言のみ」と。太后怒りて曰く、「安くんぞ司空城旦の書を得んや」と。乃ち固をして圈に入りて豕を刺さしむ。景帝太后の怒りて固の直言にして罪無きを知り、乃ち固に利兵を假し、圈に下りて豕を刺さしむ、正に其の心に中り、一刺にして、豕手に応じて倒る。太后默然として、以て復た罪する無く、之を罷む。
現代語訳
「自分の信念を曲げずに直言すれば、危機を招くこともある——だが、その危機を実力で切り抜ける」——学者・轅固生の、剛直さと胆力を描いた、緊迫した一段です。老子の思想を好んでいた竇太后が、詩経の学者である轅固生を呼んで、老子の書についてどう思うかと尋ねました。ここで轅固生は、太后の好みに忖度することなく、率直に断じます。「あれは、しょせん身分の低い者の言葉にすぎません(此是家人言耳)」と。自らの学問的信念から、太后が敬愛する書を、遠慮なく低く評価したのです。太后は激怒し、「では(お前の重んじる儒家の書などは)囚人の書ではないか」と言い返し、轅固生を、なんと猛獣の檻に放り込み、猪を素手同然で刺し殺せと命じました。あわや命を落とすところです。事情を知った景帝は、太后が怒っているものの、轅固生は率直に述べただけで罪はないと判断し、そっと鋭い武器を貸し与えました。轅固生は檻に下りると、その武器で猪の心臓を一突きにし、猪は一撃で倒れた。太后も、これ以上罪を問うわけにいかず、彼を放免したのです。ここに、二つの教訓があります。一つは、信念を曲げない直言の、価値と危うさ。轅固生は、権力者の好みに媚びず、自らの信念を率直に述べた。その剛直さは立派だが、同時に、無用に権力者を怒らせ、命の危機を招いてもいる。信念を貫くことと、時と場をわきまえる思慮深さは、両立させたいところである。もう一つは、危機に陥っても、実力と胆力で切り抜けること。轅固生は、猛獣の檻という絶体絶命の状況でも、うろたえず、見事に猪を仕留めた。窮地に追い込まれたときこそ、慌てず、持てる力を尽くして活路を開く胆力が、身を救う。組織や人生で、信念を貫く直言の価値と、それが招きうる危うさの両面を知ること、そして万が一の窮地に陥っても、うろたえず実力と胆力で活路を開くこと——轅固生の逸話は、剛直さと胆力、そして思慮のバランスを教えます。