史記 / 儒林列伝
天子使をして束帛璧を加へ安車駟馬もて申公を迎へしむ。至りて、天子に見ゆ。天子治乱の事を問ふ、申公時に已に八十餘、老いて、対へて曰、治を為す者は多言に在らず、顧だ力行何如なるのみと。是の時天子方に文詞を好み、申公の対を見て、默然たり。
新字:天子使をして束帛璧を加へ安車駟馬もて申公を迎へしむ。至りて、天子に見ゆ。天子治乱の事を問ふ、申公時に已に八十余、老いて、対へて曰、治を為す者は多言に在らず、顧だ力行何如なるのみと。是の時天子方に文詞を好み、申公の対を見て、黙然たり。
書き下し
天子使をして束帛璧を加へ安車駟馬もて申公を迎へしむ。至りて、天子に見ゆ。天子治乱の事を問ふ、申公時に已に八十餘、老いて、対へて曰く、「治を為す者は多言に在らず、顧だ力行何如なるのみ」と。是の時天子方に文詞を好み、申公の対を見て、默然たり。
現代語訳
「大切なのは、多くを語ることではなく、どれだけ実行するかだ」——八十を過ぎた老学者・申公が、皇帝に告げた簡潔な一言を描いた一段です。詩経の大家として名高い申公は、その学識を慕われ、皇帝(武帝)から、絹や玉を添えた立派な馬車という、破格の礼をもって都に迎えられました。皇帝は、この高名な老学者に、天下の治乱について——どうすれば国がよく治まるのか——を問います。当時すでに八十を過ぎていた申公の答えは、拍子抜けするほど短く、しかし核心を突くものでした。「政治を行う者にとって大切なのは、多くを語ること(多言)ではありません。ただ、どれだけ実行するか(力行)、それだけです(為治者不在多言、顧力行何如耳)」と。当時、皇帝は華麗な言葉や文章を好んでいたため、この飾り気のない、実行を重んじる答えを聞いて、拍子抜けし、黙り込んでしまったといいます。しかし、この一言にこそ、長年の学識と経験に裏打ちされた、政治の要諦が込められていたのです。ここに、言葉と実行についての教訓があります。第一に、大切なのは、立派なことを語ることではなく、実際にどれだけ実行するかだということ(不在多言、顧力行何如)。どれほど雄弁に理想や計画を語っても、それを実行に移さなければ、何も変わらない。言葉の巧みさより、行動の量と質こそが、成果を分ける。第二に、真に本質をつかんだ者の言葉は、しばしば簡潔だということ。申公は、天下の治乱という大問題に、たった一言で答えた。よく分かっている者ほど、余計な飾りを削ぎ落とし、核心だけを述べられる。第三に、華やかな言葉を好む風潮の中でこそ、地味でも実行を重んじる姿勢が、かえって際立つということ。組織や仕事で、多くを語るより実際に実行することを重んじること、本質は簡潔に語れると知ること、そして言葉の巧みさに流されず行動の質を問うこと——申公の一言は、実行こそが物を言うという、変わらぬ真理を教えます。