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史記 / 汲鄭列伝

上黯の何如なる人なるを問ふ。莊助曰、黯をして職に任じ官に居らしむれば、以て人に踰ゆる無し。然れども其の少主を輔け、城を守ること深堅にして、之を招くも来たらず、之を麾くも去らず、賁育と雖も亦た之を奪ふ能はざるに至る。上曰、然り。古に社稷の臣有り、黯のごときに至りては、之に近し。大将軍青侍中す、上厠に踞して之を視る。丞相弘燕見す、上或いは時に冠せず。黯の見ゆるに至りては、上冠せざれば見ざるなり。黯前みて事を奏す、上冠せず、望みて黯を見て、帳中に避け、人をして其の奏を可とせしむ。其の敬礼せらるること此くのごとし。

新字:上黯の何如なる人なるを問ふ。荘助曰、黯をして職に任じ官に居らしむれば、以て人に踰ゆる無し。然れども其の少主を輔け、城を守ること深堅にして、之を招くも来たらず、之を麾くも去らず、賁育と雖も亦た之を奪ふ能はざるに至る。上曰、然り。古に社稷の臣有り、黯のごときに至りては、之に近し。大将軍青侍中す、上厠に踞して之を視る。丞相弘燕見す、上或いは時に冠せず。黯の見ゆるに至りては、上冠せざれば見ざるなり。黯前みて事を奏す、上冠せず、望みて黯を見て、帳中に避け、人をして其の奏を可とせしむ。其の敬礼せらるること此くのごとし。

書き下し

上黯の何如なる人なるを問ふ。莊助曰く、「黯をして職に任じ官に居らしむれば、以て人に踰ゆる無し。然れども其の少主を輔け、城を守ること深堅にして、之を招くも来たらず、之を麾くも去らず、賁育と雖も亦た之を奪ふ能はざるに至る」と。上曰く、「然り。古に社稷の臣有り、黯のごときに至りては、之に近し」と。大将軍青侍中す、上厠に踞して之を視る。丞相弘燕見す、上或いは時に冠せず。黯の見ゆるに至りては、上冠せざれば見ざるなり。黯前みて事を奏するに、上冠せず、望みて黯を見て、帳中に避け、人をして其の奏を可とせしむ。其の敬礼せらるること此くのごとし。

現代語訳

「筋を守って揺るがぬ者は、権力者からさえ、一目置かれ敬われる」——汲黯の揺るがぬ人格と、それが勝ち得た敬意を描いた一段です。皇帝が「汲黯とはどういう人物か」と問うたとき、家臣の莊助は、こう評しました。「汲黯に普通の役職を任せれば、人並み以上のことはできません。しかし、彼が真価を発揮するのは、幼い主君を輔佐し、危急のときに拠点を守り抜くような場面です。誘っても(節を曲げて)来ることはなく、追い払おうとしても(信念を捨てて)去ることはない。あの勇者・孟賁や夏育のような剛の者をもってしても、彼の志を奪うことはできません(招之不來、麾之不去、雖賁育亦不能奪之)」と。誘惑にも圧力にも屈しない、揺るがぬ人格を評したのです。皇帝もうなずいて言いました。「その通りだ。昔から『社稷の臣(国家の柱石となる臣下)』というものがあるが、汲黯のような者こそ、それに近い」と。この汲黯への敬意は、皇帝の態度に、はっきりと表れていました。皇帝は、大将軍・衛青が拝謁するときは、(気を許して)腰かけたまま応対し、丞相・公孫弘が私的に会いに来たときは、時に冠もかぶらずに会うことがありました。しかし、汲黯に会うときだけは違いました。「冠をかぶらずには、けっして会おうとしなかった(不冠不見也)」のです。あるときなど、皇帝が冠をかぶらずにいたところへ汲黯が奏上に来ると、皇帝は慌てて幕の陰に隠れ、人をやって、その奏上を裁可させたほどでした。それほどまでに、汲黯は敬われていたのです。ここに、人格が勝ち得る敬意についての教訓があります。第一に、誘惑にも圧力にも屈せず、筋を守って揺るがぬ者は、権力者からさえ、一目置かれ、敬われるということ(招之不來、麾之不去)。汲黯は、地位や権勢に媚びなかったからこそ、かえって皇帝が襟を正して接する相手となった。信念を曲げない一貫性が、真の敬意を生む。第二に、平凡な能力より、危急のときに揺るがず筋を貫ける人格(社稷之臣)こそが、組織の柱となるということ。順境で有能な者は多いが、逆境で節を守れる者は稀である。第三に、上に立つ者が、媚びる者より、筋を通す者を敬うとき、組織の規律は保たれるということ。組織で、誘惑や圧力に屈せず筋を守る一貫性を持つこと、危急のときに揺るがぬ人格こそが柱になると知ること、そして媚びる者より筋を通す者を敬うこと——汲黯の逸話は、人格が勝ち得る敬意を教えます。

解説

あなたは、誘惑や圧力に屈せず、筋を守って揺るがない一貫性を持てていますか——それこそが、権力者からさえ一目置かれる敬意を生むと理解していますか?平凡な能力よりも、危急のときに信念を貫ける人格こそが、組織の柱になると考えられていますか?あなた自身、媚びてくる者よりも、筋を通して直言する者を、正当に敬い重んじられていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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