史記 / 循吏列伝
公儀休は、魯の博士なり。高弟を以て魯相と為る。法を奉じ理に循ひ、変更する所無く、百官自ら正し。食祿する者をして下民と利を争ふを得ざらしめ、大を受くる者をして小を取るを得ざらしむ。食茹して美なるや、其の園葵を抜きて之を棄つ。其の家の布を織ること好きを見て、其の家婦を疾出して、其の機を燔き、云ふ、農士工女をして安くにか其の貨を讎せしめんと欲するかと。
書き下し
公儀休は、魯の博士なり。高弟を以て魯相と為る。法を奉じ理に循ひ、変更する所無く、百官自ら正し。食祿する者をして下民と利を争ふを得ざらしめ、大を受くる者をして小を取るを得ざらしむ。食茹して美なるや、其の園葵を抜きて之を棄つ。其の家の布を織ること好きを見て、其の家婦を疾出して、其の機を燔き、云ふ、「農士工女をして安くにか其の貨を讎せしめんと欲するか」と。
現代語訳
「基本を忠実に守って範を示せば、部下は自然に正される——そして、地位ある者は民と利を争わない」——魯の宰相・公儀休の、規律と自制を描いた一段です。公儀休は、優れた学識で魯の宰相となりました。その統治ぶりは、際立って手堅いものでした。「法を守り、道理に従い、あれこれ制度をいじって変更することをせず(奉法循理、無所變更)」——それでいて、「百官は自然に正された(百官自正)」といいます。宰相自身が、基本を忠実に守り、率先して範を示したので、部下の役人たちも、命じられずとも自ずと襟を正したのです。さらに彼は、原則を厳しく定めました。「俸禄を受けている者(役人)は、民衆と利益を争ってはならない。大きな俸禄を受けている者は、(民の手にすべき)小さな利まで取ってはならない(食祿者不得與下民爭利)」と。そして彼は、これを自ら徹底しました。自分の畑の葵(野菜)を食べて美味しいと感じると、(役人の自分が野菜まで自給して、野菜を売る農民の商売を奪ってはならないと考え)その葵を引き抜いて捨ててしまった。また、自分の家で織る布の出来がよいのを見ると、(役人の家が布まで自給して、機織りで生計を立てる女たちの商売を奪ってはならないと)機織りをしていた妻を家から出し、機を焼き払って、こう言いました。「(役人の家がなんでも自給してしまえば)農民や織女は、いったいどこで自分たちの品物を売ればよいのか」と。地位ある者が、民の生業の領分にまで手を伸ばして利を争うことを、厳しく戒めたのです。ここに、リーダーの規律と自制についての教訓があります。第一に、リーダー自身が基本を忠実に守り、率先して範を示せば、部下は命じられずとも自然に正されるということ(百官自正)。制度をいじり回すより、上に立つ者が原則を体現することが、組織を最も確実に律する。第二に、地位や俸禄を得ている者は、その立場を利用して、下の者(部下・取引先・弱い立場の人々)と利を争ってはならないということ(食祿者不得與下民爭利)。強い立場の者が、弱い者の領分にまで手を伸ばして利を奪えば、全体の信頼と秩序が崩れる。第三に、その自制を、公儀休が自分の畑や機織りにまで徹底したように、口先でなく我が身をもって示すこと。組織で、制度をいじるより自らが基本を守って範を示すこと、強い立場を利用して弱い者と利を争わないこと、そしてその自制を我が身をもって徹底すること——公儀休の規律は、リーダーの範と自制の要諦を教えます。