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史記 / 司馬相如列伝

酒中楽酣にして、天子芒然として思ひ、亡ふ有るがごとし。曰、嗟乎、此れ泰奢侈なり。朕覧聴の餘閒を以て、事無く日を棄つ、恐らくは後世靡麗にして、遂に往きて反らず、継嗣の為に業を創め統を垂るる所以に非ず。是に於て乃ち酒を解き猟を罷め、有司に命じて曰、地の墾辟す可きは、悉く農郊と為し、以て萌隷に贍せ。倉廩を発して以て貧窮を振し、不足を補ひ、寡を恤み、孤独を存せよ。徳号を出だし、刑罰を省き、天下と始めを為さんと。二子愀然として容を改め、超として自失するがごとく、逡巡して席を避けて曰、鄙人固陋にして、忌諱を知らず、乃ち今日教を見る、謹みて命を聞けりと。

新字:酒中楽酣にして、天子芒然として思ひ、亡ふ有るがごとし。曰、嗟乎、此れ泰奢侈なり。朕覧聴の余閒を以て、事無く日を棄つ、恐らくは後世靡麗にして、遂に往きて反らず、継嗣の為に業を創め統を垂るる所以に非ず。是に於て乃ち酒を解き猟を罷め、有司に命じて曰、地の墾辟す可きは、悉く農郊と為し、以て萌隷に贍せ。倉廩を発して以て貧窮を振し、不足を補ひ、寡を恤み、孤独を存せよ。徳号を出だし、刑罰を省き、天下と始めを為さんと。二子愀然として容を改め、超として自失するがごとく、逡巡して席を避けて曰、鄙人固陋にして、忌諱を知らず、乃ち今日教を見る、謹みて命を聞けりと。

書き下し

酒中楽酣にして、天子芒然として思ひ、亡ふ有るがごとし。曰く、「嗟乎、此れ泰だ奢侈なり。朕覧聴の餘閒を以て、事無く日を棄つ、恐らくは後世靡麗にして、遂に往きて反らず、継嗣の為に業を創め統を垂るる所以に非ず」と。是に於て乃ち酒を解き猟を罷め、有司に命じて曰く、「地の墾辟す可きは、悉く農郊と為し、以て萌隷に贍せ。倉廩を発して以て貧窮を振し、不足を補ひ、寡を恤み、孤独を存せよ。徳号を出だし、刑罰を省き、天下と始めを為さん」と。二子愀然として容を改め、席を避けて曰く、「鄙人固陋にして、忌諱を知らず、乃ち今日教を見る、謹みて命を聞けり」と。

現代語訳

「正面から説教するのではなく、相手が自ら気づくように導いて、心を動かす」——司馬相如が壮麗な賦で天子を諫めた、その巧みな手法を描いた一段です。司馬相如の代表作「上林賦」は、天子の狩猟場の豪奢絢爛を、これでもかと華麗に描き尽くします。しかし、その賦の狙いは、贅沢を讃えることではありませんでした。物語の最後、宴もたけなわの頃、天子はふと我に返り、こう反省するのです。「ああ、これはあまりに贅沢が過ぎる。私は政務の合間に、何もせず日を無駄にしている。このままでは後世が華美に流れ、二度と元に戻れなくなる。これでは、子孫のために事業を創め、正しい伝統を残すことにはならない」と。そして天子は、酒宴をやめ、狩りを切り上げ、役人に命じます。「開墾できる土地はすべて農地にして民に与えよ。倉を開いて貧しい者を救い、寡婦や孤児をいたわれ。恩徳の令を出し、刑罰を軽くし、天下とともに新たな出発をしよう」と。豪奢を描き尽くした果てに、贅沢の空しさと、民を思う政治への回帰を、天子自身に悟らせたのです。これを聞いた二人の登場人物も、態度を改め、「私どもは無知で、教えを今日はじめて受けました。謹んで承ります」と、素直に感服しました。ここに、人を動かす手法についての教訓があります。第一に、正面から説教したり批判したりするのではなく、相手が自ら気づくように導くことで、かえって深く心を動かせるということ。司馬相如は、「贅沢はやめよ」と直言せず、豪奢を描き尽くした果てに、天子自身に空しさを悟らせた。押しつけられた結論より、自ら至った結論のほうが、人は素直に受け入れる。第二に、相手の面子を潰さず、自発的な気づきと納得を引き出すこと。天子は、誰かに叱られたのではなく、自ら反省して政策を改めた。この形なら、上に立つ者も抵抗なく受け入れられる。第三に、伝えたい本質(節倹・民への配慮)を、相手が受け入れやすい形(美しい賦)に包んで届ける工夫。組織で、正面からの説教でなく相手が自ら気づくよう導くこと、相手の面子を潰さず自発的な納得を引き出すこと、そして本質を相手が受け入れやすい形で届ける工夫をすること——司馬相如の諷諫は、人を動かす間接的な説得の技を教えます。

解説

あなたは、相手を正面から説教したり批判したりするのではなく、相手が自ら気づくように導いて、心を動かす工夫をしていますか?押しつけた結論よりも、相手が自分で至った結論のほうが、素直に受け入れられると理解していますか?伝えたい本質を、相手の面子を潰さず、受け入れやすい形に包んで届ける工夫ができていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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