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史記 / 西南夷列伝

南越蒙に蜀の枸醬を食らはす、蒙問ふ従りて来たる所を、道は西北牂柯よりし、牂柯江広きこと数里、番禺城下に出づと曰ふ。蒙帰りて長安に至り、蜀の賈人に問ふ、賈人曰、独り蜀のみ枸醬を出だす、多く持ちて竊かに出でて夜郎に市る。及元狩元年、博望侯張騫大夏に使ひして来たり、大夏に居りし時蜀布・邛竹・杖を見ると言ふ、使問ふ従りて来たる所を、東南の身毒国よりし、数千里なる可く、蜀の賈人に市るを得と曰ふ。騫因りて盛んに言ふ、誠に蜀に通ぜば、身毒国道便近にして、利有りて害無しと。

書き下し

南越蒙に蜀の枸醬を食らはす、蒙問ふ従りて来たる所を、「道は西北牂柯よりし、牂柯江広きこと数里、番禺城下に出づ」と曰ふ。蒙帰りて長安に至り、蜀の賈人に問ふ、賈人曰く、「独り蜀のみ枸醬を出だす、多く持ちて竊かに出でて夜郎に市る」と。元狩元年に及び、博望侯張騫大夏に使ひして来たり、「大夏に居りし時蜀布・邛竹・杖を見る」と言ふ、使問ふ従りて来たる所を、「東南の身毒国よりし、数千里なる可く、蜀の賈人に市るを得」と曰ふ。騫因りて盛んに言ふ、「誠に蜀に通ぜば、身毒国道便近にして、利有りて害無し」と。

現代語訳

「目の前の小さな手がかりを見逃さず、その出所をたどって、新たな道と好機を見出す」——一皿の調味料と一枚の布から、未知の交易路を発見した観察眼を描いた一段です。漢の使者・唐蒙が南越を訪れたとき、現地で蜀(四川)産の調味料「枸醬(くしょう)」をふるまわれました。普通なら見過ごすところですが、唐蒙は「これはどこから来たのか」と問います。すると「西北の牂柯江を通って番禺(南越の都)まで運ばれてくる」との答え。都に帰った唐蒙は、蜀の商人に確かめ、蜀の産物が、ひそかに夜郎を経由して南越まで流れていることを突き止めました。この発見から、彼は南越を制するための新たな戦略ルートを構想したのです。同じように、張騫は、はるか西方の大夏(バクトリア)に使いしたとき、そこで蜀産の布や邛の竹の杖を見かけました。彼もまた「なぜ蜀の産物がこんな遠くに」と問い、それが東南の身毒国(インド)を経由して運ばれていることを知ります。そこから、蜀を通れば身毒国への近道が開けると見抜き、新たな交易路の可能性を献策したのです。二人とも、目の前の何気ない品物という小さな手がかりから、その出所を執拗にたどり、誰も気づかなかった未知の道と好機を見出しました。ここに、観察と発見についての教訓があります。第一に、目の前の小さな手がかりを、当たり前と見過ごさず、「なぜ」「どこから」と問う好奇心を持つこと。唐蒙も張騫も、一皿の調味料、一枚の布という些細なものに疑問を持ち、その出所をたどった。何気ない事実の中に、大きな発見の糸口が潜んでいる。第二に、その手がかりを、粘り強くたどって、隠れたつながりや可能性を突き止めること。彼らは、疑問を疑問のままにせず、商人に問い、事実を確かめ、未知の交易路という結論にたどり着いた。観察を、行動と検証につなげる粘り強さ。第三に、そうして見出した発見を、具体的な戦略や好機へと結びつける構想力。組織や事業で、目の前の小さな手がかりを見過ごさず「なぜ」と問う好奇心を持つこと、その手がかりを粘り強くたどって隠れた可能性を突き止めること、そして発見を具体的な戦略や好機に結びつけること——唐蒙と張騫の観察眼は、小さな気づきから新たな道を拓く力を教えます。

解説

あなたは、目の前の小さな手がかりや何気ない事実を、当たり前と見過ごさず、「なぜ」「どこから来たのか」と問う好奇心を持てていますか?抱いた疑問をそのままにせず、粘り強くたどって、隠れたつながりや新たな可能性を突き止めようとしていますか?そうして得た気づきや発見を、具体的な戦略や事業の好機へと結びつける構想力を働かせられていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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