史記 / 南越列伝
其の相呂嘉年長なり、三王に相たり、宗族の官仕して長吏為る者七十餘人、男は尽く王女を尚り、女は尽く王子兄弟宗室に嫁す。其の国中に居ること甚だ重く、越人之を信じ、多く耳目為る者あり、衆心を得ること王より愈れり。王の上書するや、数しば王を諫止す、王聴かず。畔心有り、数しば病と称して漢の使者に見えず。使者皆嘉に注意するも、勢未だ誅する能はず。王・王太后亦た嘉等の先んじて事発するを恐る。太后淫行有り、国人附かず、独り嘉等を誅せんと欲するも、力又能はず。
新字:其の相呂嘉年長なり、三王に相たり、宗族の官仕して長吏為る者七十余人、男は尽く王女を尚り、女は尽く王子兄弟宗室に嫁す。其の国中に居ること甚だ重く、越人之を信じ、多く耳目為る者あり、衆心を得ること王より愈れり。王の上書するや、数しば王を諫止す、王聴かず。畔心有り、数しば病と称して漢の使者に見えず。使者皆嘉に注意するも、勢未だ誅する能はず。王・王太后亦た嘉等の先んじて事発するを恐る。太后淫行有り、国人附かず、独り嘉等を誅せんと欲するも、力又能はず。
書き下し
其の相呂嘉年長なり、三王に相たり、宗族の官仕して長吏為る者七十餘人、男は尽く王女を尚り、女は尽く王子兄弟宗室に嫁す。其の国中に居ること甚だ重く、越人之を信じ、多く耳目為る者あり、衆心を得ること王より愈れり。王の上書するや、数しば王を諫止す、王聴かず。畔心有り、数しば病と称して漢の使者に見えず。使者皆嘉に注意するも、勢未だ誅する能はず。王・王太后亦た嘉等の先んじて事発するを恐る。太后淫行有り、国人附かず、独り嘉等を誅せんと欲するも、力又能はず。
現代語訳
「臣下の権勢や派閥が主君を上回れば、組織は統制を失い、やがて崩壊に向かう」——南越の宰相・呂嘉の巨大すぎる勢力を描いた一段です。南越の宰相・呂嘉は、長老格の重臣で、三代の王にわたって宰相を務めてきました。その一族の勢力は、恐るべきものでした。一族から役人となって高官の地位にある者は七十人余り。男子はみな王家の娘を妻に迎え、女子はみな王家の子弟に嫁いでいる。王室と、幾重にも姻戚関係を結んでいたのです。彼の国内での地位は極めて重く、越の人々は王よりも呂嘉を信頼し、その耳目(情報網)となる者も多く、「人々の心をつかむことは、王をしのいでいた(得眾心愈於王)」といいます。臣下でありながら、主君である王よりも人望を集めていたのです。やがて南越が漢に完全に服属しようとしたとき、呂嘉はこれに反対し、たびたび王を諫めて止めました。王が聞き入れないと、呂嘉は背く心を抱き、病と称して漢の使者にも会おうとしません。漢の使者たちは皆、この呂嘉を警戒しましたが、その勢力があまりに強大で、手を下すことができない。王と王太后も、呂嘉が先手を打って事を起こすことを恐れました。討とうにも、力が及ばなかったのです。こうして、主君が制御できないほど強大化した臣下の存在が、やがて南越を反乱と滅亡へと導いていきます。ここに、権力の均衡についての教訓があります。第一に、臣下(部下)の権勢や派閥が、主君(トップ)の統制を超えて肥大化すれば、組織は制御を失い、やがて崩壊に向かうということ。呂嘉一族は、官職を独占し、王室と縁戚を結び、王以上の人望を集めた。特定の個人や一族が権力を握りすぎれば、正統なトップでさえ手を出せなくなる。第二に、「衆心を得ること王より愈れり」——部下が主君を超える人望を持つこと自体が、組織にとって不安定要因になりうるということ。人望は本来望ましいが、それが組織の正統な統制を掘り崩す形になれば、危険な兆候である。第三に、こうした権力の偏在は、一朝一夕でなく、長年の放置(三代にわたる宰相職、縁戚の積み重ね)によって育つということ。手遅れになる前に、権力の集中を防ぐ仕組みが要る。組織で、特定の個人や派閥に権力が偏りすぎる危険を警戒すること、部下の人望が組織の正統な統制を掘り崩していないか注意すること、そして権力の偏在が長年の放置で育つ前に防ぐ仕組みを持つこと——呂嘉の専横は、権力の均衡を保つ大切さを教えます。