史記 / 平津侯主父列伝
弘為人恢奇多聞、常称して以為らく人主は広大ならざるを病とし、人臣は倹節ならざるを病とす。弘布被を為り、食に肉を重ねず。毎に朝会議するに、其の端を開陳し、人主をして自ら択ばしめ、面折庭争するを肯んぜず。是に於て天子其の行の敦厚にして、辯論余り有り、文法吏事に習ひ、而も又緣飾するに儒術を以てするを察し、上大いに之を説ぶ。嘗て公卿と約議するも、上前に至れば、皆其の約に倍きて以て上旨に順ふ。
新字:弘為人恢奇多聞、常称して以為らく人主は広大ならざるを病とし、人臣は倹節ならざるを病とす。弘布被を為り、食に肉を重ねず。毎に朝会議するに、其の端を開陳し、人主をして自ら択ばしめ、面折庭争するを肯んぜず。是に於て天子其の行の敦厚にして、辯論余り有り、文法吏事に習ひ、而も又縁飾するに儒術を以てするを察し、上大いに之を説ぶ。嘗て公卿と約議するも、上前に至れば、皆其の約に倍きて以て上旨に順ふ。
書き下し
弘の為人恢奇にして多聞、常に称して以為らく人主は広大ならざるを病とし、人臣は倹節ならざるを病とす、と。弘布被を為り、食に肉を重ねず。毎に朝会議するに、其の端を開陳し、人主をして自ら択ばしめ、面折庭争するを肯んぜず。是に於て天子其の行の敦厚にして、辯論余り有り、文法吏事に習ひ、而も又緣飾するに儒術を以てするを察し、上大いに之を説ぶ。
現代語訳
「上に立つ者は器を大きく、仕える者は身を慎み倹しく」——豚飼いから丞相にまで上った公孫弘の、節倹の姿勢と処世を描いた一段です。公孫弘は、海辺で豚を飼い、六十歳を過ぎてから世に出て、ついには丞相にまで上った人物です。彼は博識でありながら、常々こう唱えていました。「人の上に立つ者(人主)の欠点は、器が広大でないこと。人に仕える者(人臣)の欠点は、倹しく身を慎まないこと(人主病不廣大、人臣病不儉節)」と。この信条どおり、彼自身は倹約を貫きました。三公という高位にありながら、粗末な木綿の夜具を用い、食事も肉を重ねることはなかったのです。また、彼の進言のしかたにも特徴がありました。朝廷で議論するとき、まず問題の要点だけを述べ、判断は君主自身に選ばせて、決して人前で君主に激しく反論して面目を潰すこと(面折庭争)はしませんでした。皇帝は、公孫弘の人柄が誠実で、弁論に長け、実務にも通じ、そこに儒学の教養を加えている様子を見て、大いに気に入ったのです。ここに、立場に応じた身の処し方についての教訓があります。第一に、上に立つ者と仕える者とでは、求められる資質が異なるということ。「人主は広大ならざるを病とし、人臣は倹節ならざるを病とす」——リーダーには、細事にこだわらぬ広い度量が求められ、部下には、身を慎み倹しく務める節度が求められる。それぞれの立場にふさわしい在り方がある。第二に、高い地位にあっても、倹約と節度を自ら実践することの説得力。公孫弘は、丞相でありながら質素な暮らしを貫いた。上に立つ者が範を示せば、言葉以上に組織を律する。第三に、進言のしかたにも工夫が要るということ。要点を示して相手に選ばせ、人前で面目を潰さない——ただし、この配慮が過剰になれば、後に見るように「保身のための迎合」に転じる危うさもはらむ。組織で、立場に応じて求められる資質の違いを自覚すること、高い地位でも倹約と節度を自ら実践すること、そして相手の面目に配慮した進言を心がけること——公孫弘の姿勢は、立場に応じた身の処し方を教えます。