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史記 / 匈奴列伝

冒頓既立、東胡使を遣り、頭曼の時の千里馬を得んと欲す。冒頓群臣に問ふ、群臣皆曰、千里馬は匈奴の宝馬なり、与ふる勿かれ。冒頓曰、柰何ぞ人と鄰国たりて一馬を愛しまんや。遂に之に千里馬を与ふ。東胡冒頓の己を畏ると以為し、単于の一閼氏を得んと欲す。左右皆怒る。冒頓曰、柰何ぞ人と鄰国たりて一女子を愛しまんや。遂に愛する所の閼氏を取りて東胡に予ふ。東胡愈いよ益ます驕り、匈奴の棄地を有たんと欲す。冒頓群臣に問ふ、或いは曰、此れ棄地なり、之に予ふるも亦た可なり。是に於て冒頓大いに怒りて曰、地は国の本なり、柰何ぞ之を予へん。予へんと言ふ者を皆斬る。冒頓馬に上り、遂に東のかた東胡を襲撃し、大いに東胡王を破滅す。

書き下し

冒頓既に立つ、東胡使を遣り、頭曼の時の千里馬を得んと欲す。冒頓群臣に問ふ、群臣皆曰く、「千里馬は匈奴の宝馬なり、与ふる勿かれ」と。冒頓曰く、「柰何ぞ人と鄰国たりて一馬を愛しまんや」と。遂に之に千里馬を与ふ。東胡冒頓の己を畏ると以為し、単于の一閼氏を得んと欲す。左右皆怒る。冒頓曰く、「柰何ぞ人と鄰国たりて一女子を愛しまんや」と。遂に愛する所の閼氏を取りて東胡に予ふ。東胡愈いよ益ます驕り、匈奴の棄地を有たんと欲す。冒頓群臣に問ふ、或いは曰く、「此れ棄地なり、之に予ふるも亦た可なり」と。是に於て冒頓大いに怒りて曰く、「地は国の本なり、柰何ぞ之を予へん」と。予へんと言ふ者を皆斬る。冒頓馬に上り、遂に東のかた東胡を襲撃し、大いに東胡王を破滅す。

現代語訳

「譲ってよいものと、決して譲ってはならない根幹とを、明確に見極める」——冒頓が、宝馬も愛妻も与えながら、土地だけは断固守った逸話を描いた一段です。冒頓が単于の位に就いたとき、強大な隣国・東胡が、その足元を試すように要求を重ねてきました。まず、匈奴の宝である千里の名馬を求めます。家臣は皆「宝馬だ、渡すな」と反対しましたが、冒頓は「隣国と付き合うのに、馬一頭を惜しむことがあろうか」と、あっさり与えました。次に東胡は、冒頓が恐れていると見て、彼の愛妻(閼氏)を要求します。家臣が怒る中、冒頓はまた「隣国と付き合うのに、女一人を惜しむことがあろうか」と、愛妻さえ与えました。増長した東胡は、ついに、両国の間にある無人の荒れ地(棄地)を要求します。家臣の中には「どうせ捨て地だ、やってもよい」と言う者もいました。ところが、ここで冒頓は激怒します。「土地は国家の根本だ(地者、國之本也)。どうしてそれを与えられようか」。そして「与えてよい」と言った家臣を皆斬り、ただちに馬に乗って東胡を急襲し、油断していた東胡を打ち破って滅ぼしたのです。宝馬や愛妻という「個人的に惜しいもの」は惜しみなく手放し、荒れ地に見えても「国家の根幹」であるものは、断固として守り抜いた——その見極めが、冒頓を天下の強者へと押し上げました。ここに、戦略的な見極めについての教訓があります。第一に、譲ってよいものと、決して譲ってはならない根幹とを、明確に区別すること。冒頓は、名馬や愛妻という、個人的には貴重でも国家の存亡には関わらないものは、惜しまず手放した。枝葉にこだわって相手と事を構えるより、大局のために柔軟に譲る度量を持っていた。第二に、しかし、組織や事業の「本(根幹)」——土地のような、それを失えば存立そのものが揺らぐもの——は、たとえ小さく見えても、断固として守り抜くこと。「地者國之本也」——何が自社の譲れない一線・核心なのかを見誤れば、少しずつ譲るうちに、根幹まで失う。第三に、その根幹を守るためには、断固たる決断と行動を辞さないこと。組織や交渉で、譲れるものは大局のために柔軟に手放すこと、しかし事業の根幹・核心だけは決して譲らないこと、そして何が「譲れる枝葉」で何が「守るべき本」かを明確に見極めること——冒頓のこの逸話は、戦略的な優先順位の見極めを、鮮やかに教えます。

解説

あなたは、譲ってよいもの(枝葉)と、決して譲ってはならない根幹(本)とを、明確に見極められていますか?個人的に惜しいものにこだわって、大局のために柔軟に手放す度量を欠いていませんか?逆に、小さく見えても失えば存立が揺らぐ「自社の核心・譲れない一線」を、断固として守り抜く覚悟を持てていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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