史記 / 魏其武安侯列伝
桃侯免相、竇太后数言魏其侯。孝景帝曰、太后豈以為臣有愛、不相魏其。魏其者、沾沾自喜耳、多易。難以為相、持重。遂不用、用建陵侯衛綰為丞相。
書き下し
桃侯相を免ぜらる、竇太后数しば魏其侯を言ふ。孝景帝曰く、「太后豈に臣愛む有りて、魏其を相とせずと以為すか。魏其なる者は、沾沾として自喜するのみ、多易なり。以て相と為し難し、持重ならず」と。遂に用ゐず、建陵侯衛綰を用ゐて丞相と為す。
現代語訳
「重い職責を担う者には、軽々しさや自己満足でなく、どっしりとした落ち着き(持重)が要る」——景帝が竇嬰を宰相にしなかった理由を述べた一段です。宰相の職が空いたとき、竇太后は繰り返し、甥の竇嬰(魏其侯)を宰相に推しました。しかし景帝は、こう答えて用いませんでした。「太后は、私が竇嬰を惜しんで(けちって)宰相にしないとお思いか。そうではない。竇嬰という男は、得意げに自己満足するばかりで(沾沾自喜)、物事を軽々しく扱うところがある(多易)。宰相を任せるには、どっしりとした落ち着き(持重)に欠けるのだ」と。そして竇嬰ではなく、慎み深い衛綰を宰相に据えたのです。竇嬰は決して無能ではなく、後に呉楚の乱の平定でも功を立てた人物です。それでも景帝は、宰相という最高位の職に必要な資質を、能力の高さや功績ではなく、人物の「重み」に見ていました。ここに、重責を担う資質についての教訓があります。第一に、重い職責を担う者には、能力や功績だけでなく、どっしりとした落ち着きと安定感(持重)が求められるということ。竇嬰は有能でしたが、軽々しさと自己満足の傾向が、組織の要を任せる相手として不安を残した。上に立つほど、才気よりも人としての重みが問われる。第二に、「沾沾自喜(得意げな自己満足)」は、リーダーの資質を損なうということ。自らの功や才に酔う姿勢は、周囲の信頼を得にくく、判断を誤らせる。第三に、人事は、目立つ能力だけでなく、その職責が本当に必要とする資質を見極めて行うべきだということ。景帝は、竇嬰の能力を認めつつ、宰相に必要な「重み」の不足を見抜いた。組織で、重責を担う人に落ち着きと安定感を求めること、自己満足や軽率さがリーダーの資質を損なうと知ること、そして人事をその職責が求める資質から見極めること——景帝の判断は、重い職に必要な人物の重みを教えます。