史記 / 万石張叔列伝
塞侯直不疑者、南陽人也。為郎、事文帝。其同舍有告帰、誤持同舍郎金去、已而金主覚、妄意不疑、不疑謝有之、買金償。而告帰者来而帰金、而前郎亡金者大慙、以此称為長者。朝廷見、人或毀曰、不疑状貌甚美、然独無柰其善盜嫂何也。不疑聞、曰、我乃無兄。然終不自明也。不疑学老子言。其所臨、為官如故、唯恐人知其為吏跡也。不好立名称、称為長者。
新字:塞侯直不疑者、南陽人也。為郎、事文帝。其同舎有告帰、誤持同舎郎金去、已而金主覚、妄意不疑、不疑謝有之、買金償。而告帰者来而帰金、而前郎亡金者大慙、以此称為長者。朝廷見、人或毀曰、不疑状貌甚美、然独無柰其善盗嫂何也。不疑聞、曰、我乃無兄。然終不自明也。不疑学老子言。其所臨、為官如故、唯恐人知其為吏跡也。不好立名称、称為長者。
書き下し
塞侯直不疑は、南陽の人なり。郎と為り、文帝に事ふ。其の同舍に告帰する有り、誤りて同舍の郎の金を持ち去る、已にして金主覚り、妄りに不疑を意ふ、不疑之れ有りと謝し、金を買ひて償ふ。而して告帰する者来たりて金を帰し、而して前の郎の金を亡へる者大いに慙づ、此を以て称して長者と為す。朝廷に見ゆるに、人或いは毀りて曰く、「不疑は状貌甚だ美なり、然れども独り其の嫂を善く盜むを柰何ともする無きや」と。不疑聞きて、曰く、「我乃ち兄無し」と。然れども終に自ら明かにせざるなり。不疑老子の言を学ぶ。其の臨む所、官を為すこと故のごとし、唯だ人の其の吏跡を為すを知るを恐る。名称を立つるを好まず、称して長者と為す。
現代語訳
「濡れ衣にも慌てて言い立てず、名を求めず、静かに徳をもって処する」——誤解や中傷を、争わずに受け流した直不疑の度量を描いた一段です。直不疑が役所の寄宿舎にいたとき、同室の者が休暇で帰省する際、誤って別の同僚の金を持ち去ってしまいました。金を無くした同僚は、根拠もなく直不疑を疑います。直不疑は、弁解も反論もせず、ただ「自分がやりました」と詫びて、金を買って弁償しました。後日、帰省した者が戻って金を返すと、疑った同僚は深く恥じ入ります。この一件で、直不疑は「長者(徳のある人物)」と称えられました。またあるとき、朝廷で人が彼を中傷して「直不疑は美男子だが、あいにく兄嫁と密通しているのが困りものだ」と言いました。これを聞いた直不疑は、ただ一言「私には、そもそも兄がいないのだが」と答えただけで、それ以上は最後まで自分の潔白を言い立てませんでした。彼は老子の教えを学び、役目を果たすにも、自分の功績や働きが人に知られることを、むしろ恐れました。名声を求めず、それでいて「長者」と称えられたのです。ここに、無私の徳についての教訓があります。第一に、濡れ衣や誤解を、慌てて言い立てて争うのではなく、静かに受け止める度量。直不疑は、疑われても弁解せず、後に自然に潔白が明らかになった。むきになって自己弁護するより、行いで示すほうが、かえって信頼を得る場合がある。第二に、根も葉もない中傷には、一言事実を述べれば足り、それ以上むきにならないこと。「我乃ち兄無し」——過剰に反応せず、事実だけを淡々と示す落ち着き。第三に、名声や功績の誇示を求めず、無私に務めを果たすこと。「名称を立つるを好まず」して、かえって「長者」と称えられた。組織で、誤解や濡れ衣にむきにならず静かに処すること、中傷に過剰反応せず事実を淡々と示すこと、そして名を求めず無私に働くこと——直不疑の度量は、真の信頼が誇示からでなく無私から生まれることを教えます。