史記 / 万石張叔列伝
塞侯直不疑者,南陽人也。爲郎,事文帝。其同舍有告歸,誤持同舍郎金去,已而金主覺,妄意不疑,不疑謝有之,買金償。而告歸者來而歸金,而前郎亡金者大慚,以此稱爲長者。文帝稱舉,稍遷至太中大夫。朝廷見,人或毀曰:「不疑狀貌甚美,然獨無柰其善盜嫂何也!」不疑聞,曰:「我乃無兄。」然終不自明也。呉楚反時,不疑以二千石將兵撃之。景帝後元年,拜爲御史大夫。天子修呉楚時功,乃封不疑爲塞侯。武帝建元年中,與丞相綰倶以過免。不疑學老子言。其所臨,爲官如故,唯恐人知其爲吏跡也。不好立名稱,稱爲長者。
新字:塞侯直不疑者,南陽人也。為郎,事文帝。其同舎有告帰,誤持同舎郎金去,已而金主覚,妄意不疑,不疑謝有之,買金償。而告帰者来而帰金,而前郎亡金者大慚,以此称為長者。文帝称舉,稍遷至太中大夫。朝廷見,人或毀曰:「不疑状貌甚美,然独無柰其善盗嫂何也!」不疑聞,曰:「我乃無兄。」然終不自明也。呉楚反時,不疑以二千石将兵撃之。景帝後元年,拝為御史大夫。天子修呉楚時功,乃封不疑為塞侯。武帝建元年中,与丞相綰倶以過免。不疑学老子言。其所臨,為官如故,唯恐人知其為吏跡也。不好立名称,称為長者。
書き下し
塞侯直不疑は、南陽の人なり。郎と為り、文帝に事ふ。其の同舎に告帰する有り、誤りて同舎の郎の金を持ちて去る。已にして金の主覚り、妄りに不疑を意ふ。不疑謝して之有りとし、金を買ひて償ふ。而して告帰する者来りて金を帰す。而して前の郎の金を亡ひし者大いに慚づ。此を以て称して長者と為す。文帝称挙し、稍く遷りて太中大夫に至る。朝廷に見ゆるに、人或いは毀りて曰く、「不疑は状貌甚だ美なり。然れども独り其の善く嫂を盗むを奈んともする無きなり」と。不疑聞きて、曰く、「我乃ち兄無し」と。然れども終に自ら明らかにせざるなり。呉楚反する時、不疑二千石を以て兵を将ゐて之を撃つ。景帝の後元年、拝して御史大夫と為す。天子呉楚の時の功を修め、乃ち不疑を封じて塞侯と為す。武帝の建元年中、丞相綰と倶に過を以て免ぜらる。不疑は老子の言を学ぶ。其の臨む所、官を為すこと故の如く、唯人の其の吏たりし跡を知らんことを恐るるなり。名称を立つるを好まず、称して長者と為す。
現代語訳
塞侯直不疑は、南陽の人である。郎となって文帝に仕えた。同じ宿舎の者が休暇で帰郷する際、誤って同宿の郎の金を持って行ってしまった。やがて金の持ち主が気づき、根拠もなく不疑を疑った。不疑は謝って自分が持っていると認め、金を買って弁償した。その後、休暇で帰郷した者が戻ってきて金を返したので、先に金をなくした郎はひどく恥じ入った。このことで不疑は長者(徳のある人物)と称された。文帝が推挙し、次第に昇進して太中大夫に至った。朝廷で謁見したとき、ある者が不疑をそしって言った。「不疑は容貌がたいへん美しい。だが兄嫁と密通するのが得意なのはどうしようもない」。不疑はこれを聞いて「わたしには兄がいない」と言った。しかし最後まで自分から弁明することはなかった。呉楚七国の乱の時、不疑は二千石の身分で兵を率いてこれを攻撃した。景帝の後元元年、御史大夫に任じられた。天子は呉楚の乱の時の功績を顕彰し、不疑を塞侯に封じた。武帝の建元年間、丞相衛綰とともに過失を問われて罷免された。不疑は老子の教えを学んでいた。任地に臨んでは、前任者のやり方をそのまま踏襲し、ただ人に自分が役人として何をしたかの跡を知られることを恐れた。名声を立てることを好まず、長者と称された。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
新語・至德夫れ形重き者は則ち心煩わしく、事衆き者は則ち身労す。心煩わしき者は則ち刑罰縦横にして立つ所無く、身労する者は則ち百端迴邪して就る所無し。是を以て君子の治を為すや、塊然として事無きが若く、寂然として声無きが若く、官府に吏無きが若く、亭落に民無きが若し。閭里は巷に訟えず、老幼は庭に愁えず、近き者は議する所無く、遠き者は聴く所無く、郵に夜行の卒無く、郷に夜召の征無く、犬は夜吠えず、鶏は夜鳴かず。耆老は堂に味を甘しとし、丁男は野に耕耘し、朝に在る者は君に忠に、家に在る者は親に孝なり。是に於て善を賞し悪を罰して之を潤色し、辟雍庠序を興して之を教誨し、然る後に賢愚議を異にし、廉鄙科を異にし、長幼節を異にし、上下に差有り、強弱相扶け、大小相懐い、尊卑相承け、雁行相随う。言わずして信あり、怒らずして威あり。豈に堅甲利兵、深牢刻令、朝夕切切たるを待ちて後に行われんや。
-
『修証義』第三章 受戒入位諸仏の常に此中に住持たる、各各の方面に知覚を遺さず群生の長へに此中に使用する。各各の知覚に方面露れず。是時十方法界の土地草木、牆壁瓦礫、皆仏事を作すを以て、其起す所の風水の利益に預る輩、皆甚妙不可思議の仏化に冥資せられて、親き悟を顕はす。是を無為の功徳とす。是を無作の功徳とす。是れ発菩提心なり。
-
論語・衛霊公篇孔子曰わく、無為にして治むる者は、その舜なるか。夫れ何をか為さん。己を恭しくして南面するのみ。
-
新語・無為道は無為より大なるは莫く、行いは謹敬より大なるは莫し。何を以て之を言う。昔舜の天下を治むるや、五弦の琴を弾じ、南風の詩を歌い、寂として国を治むるの意無きが若く、漠として天下を憂うるの心無きが若し。然り而して天下大いに治まる。周公は礼楽を制作し、天地を郊し、山川を望し、師旅を設けず、刑格れ法懸かりて、四海の内、奉供して来臻し、越裳の君、重訳して来朝す。故に無為なる者は乃ち有為なり。秦の始皇は刑罸を設け、車裂の誅を為し、以て姦邪を歛む。長城を戎境に築き、以て胡・越に備え、大を征し小を吞み、威は天下を震わし、将帥横行し、以て外国を服す。蒙恬は乱を外に討ち、李斯は法を内に治む。事愈々煩にして天下愈々乱れ、法愈々強くして奸愈々熾んに、兵馬益々設けて敵人愈々多し。秦は治を為すを欲せざるに非ず、然れども之を失う者は、乃ち挙措暴作し、刑を用うること太だ極まるが故なり。是を以て君子は寛舒を尚びて以て其の身を裦め、身を行うこと中和にして以て疏遠を致す。民は其の威を畏れて其の化に従い、其の徳を懐いて其の境に帰し、其の治を美として敢えて其の政に違わず。民は罸せずして畏れ、賞せずして勧み、道徳に漸漬して、中和に被服するの致す所なり。
-
『呻吟語』外篇・治道・焉んぞ能く有無を為さん「焉んぞ能く有無を為さん」底の人と作らば、之を以て鄉に居らば、盡く容れ得可し。只だ是れ一命の寄を受くれば、便ち是れ一命の官を曠しくす。一日の職に在れば、便ち是れ一日の業を廢す。況んや碌碌苟苟として、久しく高華に居るをや。唐・虞・三代の官を課するは是の如くなりや否や。今其の貪酷ならざるを以て之を容れ、其の夤緣を善くするを以て之を進む。國は一も賴る所無く、民は一も裨する所無くして、之をして位を貪り祿を竊ましむ。此の人何ぞ責むるに足らん。人を用ふる者辭する無し。
-
『呻吟語』外篇・治道・百官逸すれば則ち君勞す堯舜の民為る者は堯舜の臣より逸なり。唐・虞の世界は全く四岳・九官・十二牧に靠る。當時の君民は各おの無為の業を享くるのみ。臣の勞の國家に系かるや、大なるかな。是の故に百官逸すれば則ち君勞して、天下其の所を得ず。