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史記 / 袁盎鼂錯列伝

文帝従霸陵上、欲西馳下峻阪。袁盎騎、并車擥轡。上曰、将軍怯邪。盎曰、臣聞千金之子坐不垂堂、百金之子不騎衡、聖主不乗危而徼幸。今陛下騁六騑、馳下峻山、如有馬驚車敗、陛下縦自軽、柰高廟太后何。上乃止。

新字:文帝従覇陵上、欲西馳下峻阪。袁盎騎、并車擥轡。上曰、将軍怯邪。盎曰、臣聞千金之子坐不垂堂、百金之子不騎衡、聖主不乗危而徼幸。今陛下騁六騑、馳下峻山、如有馬驚車敗、陛下縦自軽、柰高廟太后何。上乃止。

書き下し

文帝霸陵の上に従ひ、西のかた馳せて峻阪を下らんと欲す。袁盎騎して、車を并べ轡を擥る。上曰く、「将軍怯なるか」と。盎曰く、「臣聞く、千金の子は堂に垂りて坐せず、百金の子は衡に騎らず、聖主は危きに乗じて幸を徼めずと。今陛下六騑を騁せ、峻山を馳せ下る、如し馬驚き車敗るる有らば、陛下縦ひ自ら軽んずるも、高廟・太后を柰何せん」と。上乃ち止む。

現代語訳

「大きな責任を負う者は、無用の危険を冒さない——それは臆病ではなく責務である」——文帝の軽率な危険を、身を挺して止めた袁盎の諫言を描いた一段です。文帝が霸陵で、急な坂を馬車で西へ駆け下ろうとしたとき、袁盎は馬を寄せ、その手綱を握って止めました。帝が「将軍は臆病か」と問うと、袁盎はこう答えます。「私はこう聞いております。千金の家の子は、(落下物の危険がある)軒下には坐らず、百金の家の子は、(落ちる危険のある)馬車の横木に乗らない。聖なる君主は、危険を冒して僥倖を当てにしたりはしないものだ、と。今、陛下は六頭立ての馬車を全速力で険しい山を駆け下ろうとしておられる。もし馬が驚き、車が壊れたら、陛下ご自身は命を軽んじられても、高祖の御廟と太后をどうなさるおつもりですか」と。帝は、これを聞いて思いとどまりました。ここに、責任ある立場の危機管理についての教訓があります。第一に、大きな責任を負う者ほど、無用の危険を避けるべきだということ。「千金之子坐不垂堂」——価値あるものを預かる者は、それを軽々しく危険にさらしてはならない。組織のトップや重要人物の身は、その個人だけのものではなく、多くの人の命運を背負っている。第二に、危険を避けることは臆病ではなく、責任の自覚だということ。袁盎は「怯か」と問われても、責務としてのリスク管理を貫いた。無謀と勇気は違う。第三に、当人が「自分は構わない」と思っても、その立場が背負う周囲(高廟・太后)への責任を説くこと。リスクを、個人の問題でなく、組織全体の問題として捉えさせた。組織で、責任ある者ほど無用の危険を避けること、リスク管理を臆病でなく責務と自覚すること、そして自分の身が背負う周囲への責任を忘れないこと——袁盎の諫言は、トップの危機管理の要諦を教えます。

解説

あなたは、大きな責任を負う立場ほど、無用の危険を冒さないという自覚を持てていますか?慎重にリスクを避けることを、臆病ではなく責任の表れとして捉えられていますか?自分の身が、自分一人のものではなく、多くの人の命運を背負っていることを忘れずにいますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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