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史記 / 袁盎鼂錯列伝

絳侯為丞相、朝罷趨出、意得甚。上礼之恭、常自送之。袁盎進曰、陛下以丞相何如人。上曰、社稷臣。盎曰、絳侯所謂功臣、非社稷臣。社稷臣主在与在、主亡与亡。方呂后時、諸呂用事、擅相王、劉氏不絶如帯。是時絳侯為太尉、主兵柄、弗能正。呂后崩、大臣相与共畔諸呂、太尉主兵、適会其成功、所謂功臣、非社稷臣。丞相如有驕主色。陛下謙譲、臣主失礼、竊為陛下不取也。後朝、上益荘、丞相益畏。及絳侯免相之国、国人上書告以為反、徴系清室、宗室諸公莫敢為言、唯袁盎明絳侯無罪。絳侯得釈、盎頗有力。絳侯乃大与盎結交。

書き下し

絳侯丞相為り、朝罷めて趨り出づ、意を得ること甚だし。上之を礼すること恭しく、常に自ら之を送る。袁盎進みて曰く、「陛下丞相を以て何如なる人と為す」と。上曰く、「社稷の臣なり」と。盎曰く、「絳侯は所謂功臣にして、社稷の臣に非ず。社稷の臣は主在れば与に在り、主亡ぶれば与に亡ぶ。呂后の時に方り、諸呂事を用ゐ、擅に相王たり、劉氏絶えざること帯のごとし。是の時絳侯太尉為り、兵柄を主る、能く正さず。呂后崩じ、大臣相与に共に諸呂に畔き、太尉兵を主り、適ま其の成功に会ふ、所謂功臣にして、社稷の臣に非ず。丞相驕主の色有るがごとし。陛下謙譲し、臣主礼を失す、竊かに陛下の為に取らざるなり」と。後の朝、上益ます荘に、丞相益ます畏る。絳侯相を免ぜられ国に之くに及び、国人上書して告ぐるに反すと以為し、徴して清室に系ぐ、宗室諸公敢て為に言ふ莫し、唯だ袁盎のみ絳侯の罪無きを明かにす。絳侯釈さるるを得、盎頗る力有り。絳侯乃ち大いに盎と交を結ぶ。

現代語訳

「相手の地位や勢いに流されず、是々非々で公正に評価し、不当なときは立場を超えて守る」——功臣・周勃(絳侯)をめぐる袁盎の、恐れない公正さを描いた一段です。丞相となった周勃は、得意満面で朝廷を退出し、文帝も彼を恭しく遇して、いつも自ら見送っていました。そこへ袁盎が進み出て問います。「陛下は丞相をどういう人物とお考えですか」。帝が「国家の柱石たる臣(社稷臣)だ」と答えると、袁盎は率直に異を唱えます。「絳侯はいわゆる功臣ではありますが、社稷の臣ではありません。呂氏が国を専横したとき、太尉として兵権を握りながら正すことができず、たまたま成功に居合わせただけ。彼には主君を侮る様子がある。陛下が過度にへりくだれば、君臣の礼が崩れます」と。以後、帝は威厳を保ち、丞相はかえって畏れ慎むようになりました。ところが後日、周勃が謀反の疑いで投獄されると、皇族や重臣は誰一人かばおうとしない中、ただ袁盎だけが「絳侯に罪はない」と明らかにし、釈放に力を尽くしたのです。かつて周勃の驕りを厳しく諫めた袁盎が、彼が不当に陥れられたときには、身を挺して守った——ここに、公正な評価についての教訓があります。第一に、相手の地位や勢いに流されず、是々非々で評価すること。袁盎は、周勃の権勢に阿らず、その驕りを指摘した。過度な忖度は、かえって君臣の秩序を崩すと見抜いていた。第二に、驕りを諫めることと、不当な扱いから守ることは矛盾しないということ。袁盎は、正すべきは正し、守るべきは守った。批判と擁護を、相手への好悪でなく、事の正邪で使い分けた。第三に、皆が沈黙する中でも、正しいと信じることを言う勇気。組織で、権勢に阿らず是々非々で評価すること、批判と擁護を好悪でなく正邪で判断すること、そして周囲が沈黙する不正の場面で声を上げる勇気——袁盎と周勃の逸話は、地位に流されない公正さを教えます。

解説

あなたは、相手の地位や勢いに流されず、是々非々で公正に人を評価できていますか?相手の驕りを諫めることと、その人が不当に扱われたときに守ることを、好悪でなく事の正邪で使い分けられていますか?周囲が皆沈黙する不正の場面で、正しいと信じることを言う勇気を持てていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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