史記 / 樊酈滕灌列伝
先黥布反時、高祖嘗病甚、惡見人、臥禁中、詔戶者無得入群臣。群臣絳灌等莫敢入。十餘日、噲乃排闥直入、大臣隨之。上獨枕一宦者臥。噲等見上流涕曰、始陛下與臣等起豐沛、定天下、何其壯也。今天下已定、又何憊也。且陛下病甚、大臣震恐、不見臣等計事、顧獨與一宦者絕乎。且陛下獨不見趙高之事乎。高帝笑而起。
新字:先黥布反時、高祖嘗病甚、悪見人、臥禁中、詔戶者無得入群臣。群臣絳灌等莫敢入。十余日、噲乃排闥直入、大臣随之。上独枕一宦者臥。噲等見上流涕曰、始陛下与臣等起豊沛、定天下、何其壮也。今天下已定、又何憊也。且陛下病甚、大臣震恐、不見臣等計事、顧独与一宦者絶乎。且陛下独不見趙高之事乎。高帝笑而起。
書き下し
黥布の反せし時に先んじ、高祖嘗て病甚だしく、人を見るを悪み、禁中に臥し、戸者に詔して群臣を入るるを得る無からしむ。群臣絳・灌等敢て入る莫し。十余日、噲乃ち闥を排して直入し、大臣之に随ふ。上独り一宦者を枕して臥す。噲等上を見て涕を流して曰く、「始め陛下臣等と豊沛に起こり、天下を定む、何ぞ其れ壮なるや。今天下已に定まる、又何ぞ憊るるや。且つ陛下病甚だしく、大臣震恐す、臣等を見て事を計らずして、顧って独り一宦者と絶たんとするか。且つ陛下独り趙高の事を見ざるか」と。高帝笑ひて起く。
現代語訳
「トップが心を閉ざし孤立しかけたとき、あえて踏み込んで、率直に諫めて引き戻す」——樊噲の忠直を描いた一段です。晩年の高祖(劉邦)は、あるとき重い病にかかり、人に会うのを嫌って宮中の奥に引きこもり、「群臣を一切入れるな」と門番に命じました。周勃(絳侯)や灌嬰といった重臣たちも、命令に恐れて、誰も入ろうとしません。十日あまりも、皇帝は誰とも会わず、孤立した状態が続きました。このとき、樊噲だけが、門を押し開けて、まっすぐ皇帝の寝所に踏み込んだのです。他の大臣たちも、その後に続きました。見ると、高祖は、たった一人の宦官を枕にして、ふさぎ込んで横たわっていました。樊噲たちは、その姿を見て涙を流し、率直に諫めます。「かつて陛下は、我々とともに豊沛の地で挙兵し、天下を平定されました。あの頃の陛下は、なんと雄々しかったことか。今、天下は定まったのに、なぜこれほど気力を失っておられるのですか。しかも、陛下の病が重いというので、大臣たちは皆、不安に震えています。それなのに、我々を呼んで政務を相談されず、たった一人の宦官とだけ引きこもって、(我々を)遠ざけようとされるのですか。陛下は、あの(秦を滅ぼした宦官)趙高の一件を、お忘れですか(=宦官だけを近づけて政を誤った先例を)」と。この率直な諫めに、高祖は笑って起き上がったのです。ここに、リーダーへの諫言についての教訓があります。第一に、トップが心を閉ざし、孤立しかけたとき、あえて踏み込んで引き戻す勇気。高祖は、病と失意から、群臣を遠ざけて引きこもっていました。他の重臣が命令に従って遠慮する中、樊噲だけが、命令に背いてでも踏み込んだ。トップが誤った状態(孤立・引きこもり)に陥ったとき、それを「命令だから」と放置せず、あえて踏み込んで正すことが、本当の忠義です。第二に、率直に、しかし情をもって諫めること。樊噲は、皇帝を厳しく批判するのではなく、「かつての雄々しい陛下はどこへ」と、共に戦った情を込め、涙ながらに諫めた。そして「趙高の例」という具体的な危険(宦官だけに囲まれることの害)を示して、理を尽くした。情と理を兼ねた諫言が、トップの心を動かした。第三に、リーダーの孤立が組織を危うくするという指摘。トップが信頼すべき側近を遠ざけ、一部の者(宦官)だけに囲まれると、判断を誤り組織を危うくする(趙高の先例)。組織で、トップが心を閉ざし孤立しかけたとき、あえて踏み込んで率直に諫め引き戻す勇気、情と理を兼ねた諫言、そしてリーダーの孤立の危険——樊噲の忠直は、諫言する者のあるべき姿を教えます。