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史記 / 田儋列伝

田儋者、狄人也、故齊王田氏族也。儋從弟田榮、榮弟田橫、皆豪、宗彊、能得人。陳涉之初起王楚也、使周市略定魏地、北至狄、狄城守。田儋詳為縛其奴、從少年之廷、欲謁殺奴。見狄令、因擊殺令、而召豪吏子弟曰、諸侯皆反秦自立、齊、古之建國、儋、田氏、當王。遂自立為齊王、發兵以擊周市。周市軍還去、田儋因率兵東略定齊地。

新字:田儋者、狄人也、故斉王田氏族也。儋従弟田栄、栄弟田横、皆豪、宗彊、能得人。陳渉之初起王楚也、使周市略定魏地、北至狄、狄城守。田儋詳為縛其奴、従少年之廷、欲謁殺奴。見狄令、因擊殺令、而召豪吏子弟曰、諸侯皆反秦自立、斉、古之建国、儋、田氏、当王。遂自立為斉王、発兵以擊周市。周市軍還去、田儋因率兵東略定斉地。

書き下し

田儋は、狄の人なり、故の斉王田氏の族なり。儋の従弟田榮、榮の弟田横、皆豪にして、宗彊く、能く人を得たり。陳涉の初めて起こりて楚に王たるや、周市をして魏の地を略定せしめ、北のかた狄に至る。狄城守す。田儋詳りて其の奴を縛るを為し、少年を従へて廷に之き、謁して奴を殺さんと欲す。狄令を見て、因りて令を撃ち殺し、而して豪吏子弟を召して曰く、「諸侯皆秦に反して自立す、斉は古の建国、儋は田氏なり、当に王たるべし」と。遂に自立して斉王と為り、兵を発して以て周市を撃つ。周市の軍還り去り、田儋因りて兵を率ゐて東のかた斉の地を略定す。

現代語訳

「好機を捉え、大胆な奇策で一気に主導権を握る」——乱世に頭角を現した田儋の、機略と決断力を描いた一段です。田儋は、旧斉の名族・田氏の一員で、従弟の田榮、その弟の田横とともに、いずれも豪傑で、一族の力が強く、人望を集める人物でした。秦末の動乱の中、陳勝が挙兵して各地で反乱が広がると、田儋も好機と見て動きます。彼が拠る狄の町は、城門を閉じて守りを固めていました。そこで田儋は、一計を案じます。自分の奴隷を縛り上げ、若者たちを引き連れて役所へ出向き、「(法に従って)この奴隷を処刑する許可を得たい」という口実で、堂々と役所に入り込んだのです(当時、奴隷を殺すには役所への届け出が必要でした)。そして、狄の長官が姿を現したところを、不意打ちで討ち取りました。長官を殺すと、田儋は町の有力者や若者たちを集めて宣言します。「今や諸侯が皆、秦に背いて自立している。斉は古くからの由緒ある国であり、私は名族・田氏の者だ。私こそ王となるべきだ」と。こうして田儋は斉王を名乗り、兵を挙げて、斉の地を平定していったのです。ここに、乱世における機略と決断についての教訓があります。第一に、好機を捉える目と、それを行動に移す決断力。田儋は、秦末の動乱を「田氏が斉を再興する好機」と的確に捉え、ためらわず行動を起こした。機会は、それを見抜き、大胆に掴む者のもとに訪れる。第二に、困難な状況(守りを固めた城)を、正面からではなく、奇策(奴隷を殺す口実で役所に入り込む)で突破したこと。正攻法で勝てない状況では、相手の隙を突く機略が活路を開く。第三に、行動した後、すかさず大義名分を掲げて人々をまとめたこと。田儋は、長官を討った後、「斉の再興」「名族の正統性」という大義を示して、有力者や若者を結集させた。行動と、それを正当化し人を束ねる大義の提示を、素早く連動させた。組織や事業で、好機を見抜いて大胆に掴む決断力、正攻法で勝てない状況を奇策で突破する機略、そして行動を大義で正当化して人を束ねる力——田儋の挙兵は、乱世に頭角を現す者の資質を示します。ただし、力と機略で得た地位(詐力)の脆さは、前篇(韓信盧綰)でも示された通りで、この一族もまた激動の運命をたどることになります。

解説

あなたは、訪れた好機を見抜き、ためらわず行動に移す決断力を持てていますか?正攻法で勝てない困難な状況を、相手の隙を突く奇策・機略で突破できていますか?行動した後、それを大義名分で正当化し、素早く人を束ねられていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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