史記 / 黥布列伝
漢十一年、高后誅淮陰侯、布因心恐。夏、漢誅梁王彭越、布愈恐。上召諸將問曰、布反、為之柰何。汝陰侯滕公召故楚令尹薛公問之。薛公曰、往年殺彭越、前年殺韓信、此三人者、同功一體之人也。自疑禍及身、故反耳。滕公言之上。上乃召見薛公。薛公對曰、布反不足怪也。使布出於上計、山東非漢之有也。出於中計、勝敗之數未可知也。出於下計、陛下安枕而臥矣。
新字:漢十一年、高后誅淮陰侯、布因心恐。夏、漢誅梁王彭越、布愈恐。上召諸将問曰、布反、為之柰何。汝陰侯滕公召故楚令尹薛公問之。薛公曰、往年殺彭越、前年殺韓信、此三人者、同功一体之人也。自疑禍及身、故反耳。滕公言之上。上乃召見薛公。薛公対曰、布反不足怪也。使布出於上計、山東非漢之有也。出於中計、勝敗之数未可知也。出於下計、陛下安枕而臥矣。
書き下し
漢十一年、高后淮陰侯を誅し、布因りて心に恐る。夏、漢梁王彭越を誅し、布愈々恐る。上諸将を召して問ひて曰く、「布反す、之を為すこと柰何」と。汝陰侯滕公故の楚の令尹薛公を召して之を問ふ。薛公曰く、「往年彭越を殺し、前年韓信を殺す、此の三人なる者は、功を同じくし体を一にするの人なり。自ら禍の身に及ばんことを疑ふ、故に反せるのみ」と。滕公之を上に言ふ。上乃ち薛公を召し見る。薛公対へて曰く、「布の反は怪しむに足らざるなり。布をして上計に出でしめば、山東は漢の有に非ざるなり。中計に出でしめば、勝敗の数未だ知る可からず。下計に出でしめば、陛下枕を安んじて臥せん」と。
現代語訳
「疑心暗鬼が、防衛的な反乱を生む——身の危険を感じた者は、追い詰められて自ら動く」という力学を、薛公の的確な分析を通して示した一段です。漢の高祖(劉邦)は、天下統一に貢献した功臣たちを、次々と粛清していきました。まず名将・韓信(淮陰侯)が誅され、次いで彭越(梁王)が殺される。同じく功臣であった英布(黥布)は、これを見て、「次は自分の番ではないか」と、深い恐怖に駆られます。そして、その恐怖から、ついに反乱を起こしたのです。英布が反乱したと聞いた高祖が対策を問うと、諸将は「小僧を叩き潰すだけ」と軽く見ますが、事情に通じた薛公は、鋭く本質を見抜きます。「韓信、彭越、そして英布——この三人は、いずれも同じように大功を立てた、一体の(同じ立場の)人物です。英布は、(二人が殺されたのを見て)自分にも禍が及ぶと疑ったからこそ、反乱したのです」と。つまり、英布の反乱は、野心からの積極的な謀反ではなく、「殺されるくらいなら」という恐怖からの、防衛的・追い詰められた反乱だった、と分析したのです。そして薛公は、英布が取りうる戦略を「上計・中計・下計」に分類し、それぞれの結果を冷静に予測してみせます。ここに、人間心理と組織の力学についての教訓があります。第一に、疑心暗鬼が、防衛的な反逆を生むということ。英布は、もともと反乱を望んでいたわけではありません。しかし、仲間(韓信・彭越)が次々と粛清されるのを見て、「自分も殺される」という恐怖に追い詰められ、生き延びるために反乱を選んだ。人は、身の安全が脅かされると感じると、たとえ元は忠実でも、自己防衛のために離反・反抗する。組織のトップが、功臣や部下を疑い、粛清すれば、残った者は「次は自分か」と恐れ、かえって離反を招く。第二に、恐怖に基づく行動と、野心に基づく行動を、見分けることの重要性。諸将は英布の反乱を「野心的な謀反」と軽く見ましたが、薛公は「恐怖からの防衛的反乱」だと本質を見抜いた。相手がなぜ動いたのか、その真の動機(恐怖か、野心か)を正確に読むことが、適切な対応につながる。第三に、相手の取りうる選択肢を体系的に分析することの有効性。薛公は、感情論ではなく、英布の立場に立って、上中下の三つの戦略と結果を冷静に予測した。組織で、部下や功臣を疑い粛清することが、かえって恐怖からの離反を招くことを自覚し、相手の行動の真の動機(恐怖か野心か)を見極め、相手の選択肢を体系的に分析すること——薛公の分析は、その知恵を示します。