史記 / 張耳陳余列伝
太史公曰、張耳陳餘、世傳所稱賢者。其賓客廝役、莫非天下俊桀、所居國無不取卿相者。然張耳陳餘始居約時、相然信以死、豈顧問哉。及據國爭權、卒相滅亡、何鄉者相慕用之誠、後相倍之戾也。豈非以勢利交哉。名譽雖高、賓客雖盛、所由殆與大伯延陵季子異矣。
新字:太史公曰、張耳陳余、世伝所称賢者。其賓客廝役、莫非天下俊桀、所居国無不取卿相者。然張耳陳余始居約時、相然信以死、豈顧問哉。及拠国争権、卒相滅亡、何郷者相慕用之誠、後相倍之戻也。豈非以勢利交哉。名誉雖高、賓客雖盛、所由殆与大伯延陵季子異矣。
書き下し
太史公曰く、「張耳・陳餘は、世に伝へて称する所の賢者なり。其の賓客廝役、天下の俊桀に非ざる莫く、居る所の国卿相を取らざる無し。然れども張耳・陳餘始め約に居る時、相ひ然信して死を以てす、豈に顧問せんや。国に拠りて権を争ふに及び、卒に相ひ滅亡す、何ぞ郷者相慕用するの誠なるに、後相倍くの戾なるや。豈に勢利を以て交はるに非ずや。名誉高しと雖も、賓客盛んなりと雖も、由る所殆ど大伯・延陵季子と異なるかな」と。
現代語訳
太史公は言う。「張耳と陳餘は、世に伝えられ称えられた賢者である。その食客や下働きの者まで、天下の俊才でない者はなく、身を寄せた国では必ず宰相の地位を得た。しかし張耳と陳餘が、まだ貧しく約束を交わしていたころは、互いに信じ合い、死をも辞さなかった。互いを疑うことなどあっただろうか。それが国を得て権力を争うようになると、ついに互いを滅ぼし合った。かつてはあれほど誠実に慕い合っていたのに、後にはあれほどひどく背き合った。これは、勢いや利によって交わっていたからではないか。名誉が高く、食客が多かったとはいえ、その拠って立つところは、太伯や延陵季子とはまるで違っていたのである」。
解説
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史記 張耳陳余列伝張耳は、大梁の人なり。其の少き時、魏の公子毋忌に及びて客と為る。張耳嘗て亡命して外黄に游ぶ。外黄の富人の女甚だ美なり。庸奴に嫁し、其の夫を亡げて去り、父の客に抵る。父の客素より張耳を知り、乃ち女に謂ひて曰く、「必ず賢夫を求めんと欲せば、張耳に従へ」と。女聴き、乃ち卒に為に決を請ひ、之を張耳に嫁す。張耳是の時身を脱して游ぶ。女家厚く張耳に奉給す。張耳故を以て千里の客を致す。乃ち魏に宦して外黄の令と為る。名此に由りて益々賢とせらる。陳餘は、亦大梁の人なり。儒術を好み、数々趙の苦陘に游ぶ。富人公乗氏其の女を以て之に妻す。亦陳餘の庸人に非ざるを知ればなり。餘年少く、張耳に父事し、両人相与に刎頸の交はりを為す。秦の大梁を滅ぼすや、張耳外黄に家す。高祖布衣為りし時、嘗て数々張耳に従ひて游び、客たること数月。秦魏を滅ぼして数歳、已に此の両人の魏の名士なるを聞き、購ひ求めて張耳を得る者有らば千金、陳餘は五百金とす。張耳・陳餘乃ち名姓を変じ、倶に陳に之き、里の監門と為りて以て自ら食ふ。両人相対す。里吏嘗て過ち有りて陳餘を笞つ。陳餘起たんと欲す。張耳之を躡み、笞を受けしむ。吏去る。張耳乃ち陳餘を引きて桑の下に之き、之を数めて曰く、「始め吾公と言ひしこと何如。今小辱を見て一吏に死せんと欲するか」と。陳餘之を然りとす。
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