史記 / 張耳陳余列伝
張耳者、大梁人也。其少時、及魏公子毋忌為客。乃宦魏為外黃令、名由此益賢。陳餘者、亦大梁人也、好儒術。餘年少、父事張耳、兩人相與為刎頸交。秦之滅大梁也、張耳家外黃。秦滅魏數歲、已聞此兩人魏之名士也、購求有得張耳千金、陳餘五百金。張耳陳餘乃變名姓、俱之陳、為里監門以自食。里吏嘗有過笞陳餘、陳餘欲起、張耳躡之、使受笞。吏去、張耳乃引陳餘之桑下而數之曰、始吾與公言何如、今見小辱而欲死一吏乎。陳餘然之。
新字:張耳者、大梁人也。其少時、及魏公子毋忌為客。乃宦魏為外黄令、名由此益賢。陳余者、亦大梁人也、好儒術。余年少、父事張耳、両人相与為刎頸交。秦之滅大梁也、張耳家外黄。秦滅魏数歲、已聞此両人魏之名士也、購求有得張耳千金、陳余五百金。張耳陳余乃変名姓、俱之陳、為里監門以自食。里吏嘗有過笞陳余、陳余欲起、張耳躡之、使受笞。吏去、張耳乃引陳余之桑下而数之曰、始吾与公言何如、今見小辱而欲死一吏乎。陳余然之。
書き下し
張耳は、大梁の人なり。其の少き時、魏の公子毋忌の客と為るに及ぶ。乃ち魏に宦へて外黄の令と為り、名此に由りて益々賢なり。陳餘は、亦た大梁の人なり、儒術を好む。餘年少く、張耳を父事し、両人相与に刎頸の交はりを為す。秦の大梁を滅ぼすや、張耳外黄に家す。秦魏を滅ぼして数歳、已に此の両人の魏の名士なるを聞き、購求して張耳を得るに千金、陳餘に五百金あり。張耳・陳餘乃ち名姓を変じ、俱に陳に之き、里監門と為りて以て自食す。里吏嘗て過ちて陳餘を笞つこと有り、陳餘起たんと欲す。張耳之を躡み、笞を受けしむ。吏去り、張耳乃ち陳餘を桑下に引きて之を数へて曰く、「始め吾公と言ふこと何如、今小辱を見て一吏に死せんと欲するか」と。陳餘之を然りとす。
現代語訳
「大志を抱く者は、小さな屈辱に耐えて大局を見失わない」——固い友情で結ばれた張耳と陳余が、逆境の中で互いを支えた、その関係の始まりを描いた一段です。張耳と陳余は、ともに大梁の出身で、年少の陳余が年長の張耳を父のように敬い、二人は「刎頸の交わり(互いに首をはねられても悔いない、命を賭けた親友)」を結んでいました。秦が魏を滅ぼすと、二人は名士として指名手配され、多額の懸賞金がかけられます。そこで彼らは名を変え、身分を隠して、下級の門番をして糊口をしのぎました。あるとき、村役人が過失を咎めて陳余を鞭打ちました。血気にはやる陳余が思わず立ち向かおうとすると、張耳はそっと足を踏んで制し、陳余に鞭を受けさせます。役人が去った後、張耳は陳余を桑の木の下に連れて行き、こう諭しました。「以前、二人でどんな志を語り合ったか。それなのに今、こんな小さな屈辱で、一役人相手に命を捨てようとするのか」と。陳余は、その通りだと納得しました。ここに、二つの教訓があります。第一に、大きな志を抱く者は、目先の小さな屈辱に耐えて、大局を見失わないこと。陳余は、その場の怒りに任せて役人に立ち向かえば、正体が露見して捕らえられ、大志を果たす前に命を落としていたでしょう。張耳は、一時の屈辱に耐えることが、より大きな目的を守るために不可欠だと諭した。小さな面子や怒りのために、大きな目標を犠牲にしてはならない。第二に、真の友は、感情に走る相手を諫め、正しい道へ導くこと。張耳は、陳余が過ちを犯そうとしたとき、身を挺して(足を踏んで)止め、後で理を尽くして諭した。互いを高め合い、危機で支え合う関係が、彼らの固い友情の土台でした。しかし——この「刎頸の交わり」と呼ばれた固い友情が、後に権力をめぐって、互いを殺し合う宿敵の関係へと変わっていく(後段)。この美しい関係の始まりは、その悲劇的な結末との対比によって、いっそう深い問いを投げかけます。組織や人生で、大志のために目先の小さな屈辱に耐えられるか、そして互いを正しく導き支え合う関係を築けるか——張耳と陳余の友情の始まりは、その理想を示しつつ、次章でその脆さをも突きつけます。