史記 / 刺客列伝
聶政既刺俠累、自皮面決眼、自屠出腸、遂以死。韓取聶政尸暴於市、購問莫知誰子。政姊榮聞人有刺殺韓相者、賊不得、國不知其名姓、暴其尸而縣之千金、乃於邑曰、其是吾弟與。乃之韓、視之曰、是軹深井里所謂聶政者也。伏尸哭極哀、曰、此吾弟軹深井里聶政也。所以蒙面自刑以絕從者、政以誠避重誅也。妾其奈何畏歾身之誅、終滅賢弟之名。遂大呼天者三、卒於邑悲哀而死政之旁。晉楚齊衛聞之、皆曰、非獨政能也、乃其姊亦烈女也。嚴仲子亦可謂知人能得士矣。
新字:聶政既刺俠累、自皮面決眼、自屠出腸、遂以死。韓取聶政尸暴於市、購問莫知誰子。政姊栄聞人有刺殺韓相者、賊不得、国不知其名姓、暴其尸而県之千金、乃於邑曰、其是吾弟与。乃之韓、視之曰、是軹深井里所謂聶政者也。伏尸哭極哀、曰、此吾弟軹深井里聶政也。所以蒙面自刑以絶従者、政以誠避重誅也。妾其奈何畏歾身之誅、終滅賢弟之名。遂大呼天者三、卒於邑悲哀而死政之旁。晉楚斉衛聞之、皆曰、非独政能也、乃其姊亦烈女也。厳仲子亦可謂知人能得士矣。
書き下し
聶政既に俠累を刺し、自ら面を皮ぎ眼を決き、自ら屠りて腸を出だし、遂に以て死す。韓聶政の尸を取りて市に暴し、購問するも誰の子なるを知る莫し。政の姊榮、人の韓の相を刺殺する者有りて、賊得られず、国其の名姓を知らず、其の尸を暴して之に千金を縣くと聞き、乃ち於邑して曰く、「其れ是れ吾が弟か」と。乃ち韓に之き、之を視て曰く、「是れ軹の深井里の所謂聶政なる者なり。伏尸して哭すること極めて哀しみ、曰く、「此れ吾が弟軹の深井里の聶政なり。面を蒙ひ自ら刑して以て従を絶つ所以は、政誠を以て重誅を避くればなり。妾其れ奈何ぞ身を歾するの誅を畏れて、終に賢弟の名を滅ぼさんや」と。遂に大いに天を呼ぶこと三たび、卒に於邑し悲哀して政の旁に死す。晉・楚・斉・衛之を聞き、皆曰く、「独り政のみ能なるに非ず、乃ち其の姊も亦た烈女なり。嚴仲子も亦た人を知り能く士を得ると謂ふ可し」と。
現代語訳
「愛する者を守るための自己犠牲と、それに報いる者の勇気」——聶政の姉・榮の壮絶な行動を通して、家族の情と、名を惜しむ心を描いた感動的な一段です。聶政は、俠累を刺殺した後、自分の顔の皮を剥ぎ、両眼をえぐり、腹を裂いて腸を出して死にました。これは、自分の身元が割れて、姉に累が及ぶのを防ぐための、凄惨な自己処置でした。韓は、下手人の身元を突き止めようと、聶政の遺体を市場にさらし、身元を明かした者に千金を与えると布告します。しかし誰も分かりません。この噂を聞いた姉の榮は、直感します。「それは、私の弟ではないか」と。そして危険を承知で韓へ赴き、遺体を見て確信すると、遺体に取りすがって激しく泣き、公然と名乗り出ます。「これは私の弟、聶政です。弟が自分の顔をつぶしたのは、私に累が及ぶのを避けるためでした。しかし私は、どうして自分の身が処刑される恐れから、賢い弟の名を、このまま埋もれさせてしまえましょうか」と。そして天を三度叫び、悲しみのあまり弟の傍らで息絶えました。弟は姉を守るために身元を隠して死に、姉はその弟の名誉(義に殉じた勇者としての名)を後世に残すために、自らの命を賭して名乗り出たのです。この姉弟の行いを聞いた諸国の人々は、皆こう言いました。「聶政だけが立派なのではない。その姉もまた烈女(気高い女性)だ。そして、これほどの人材を見出した嚴仲子も、人を見る目があったと言うべきだ」と。ここに、いくつもの深い情理があります。第一に、愛する者を守るための自己犠牲。聶政は、姉に累が及ばぬよう、自分の顔すら潰して死んだ。第二に、その思いに、命を賭して報いる勇気。姉・榮は、自分の身が危険にさらされることを承知で、弟の名誉を守るために名乗り出た。「弟の名を埋もれさせない」という一心が、死の恐怖に勝ったのです。愛する者の尊厳・名誉を守るためなら、自らの命も惜しまない——この姉弟の絆と勇気は、人間の情の深さを示します。第三に、人を見出すことの価値。嚴仲子が聶政という人材を見出したことが、この壮絶な義の物語を生んだ。組織や人生で、愛する者や大切なものを守るための犠牲を厭わない心、そしてその思いに命を賭してでも報いる勇気——聶政と姉・榮の物語は、損得を超えた人間の情と義の気高さを、時代を超えて伝えています。