史記 / 刺客列伝
聶政者、軹深井里人也。殺人避仇、與母姊如齊、以屠為事。濮陽嚴仲子與韓相俠累有卻、恐誅亡去、求人可以報俠累者。聞聶政勇、乃奉黃金百溢、為聶政母壽。聶政不受。久之、聶政母死。既葬除服、聶政曰、嗟乎、政乃市井之人、鼓刀以屠、而嚴仲子乃諸侯之卿相也、不遠千里、枉車騎而交臣。臣之所以待之至淺鮮矣、未有大功可以稱者、而嚴仲子奉百金為親壽、是者徒深知政也。夫賢者以感忿睚眦之意、而親信窮僻之人、而政獨安得嘿然而已乎。且前日要政、政徒以老母。老母今以天年終、政將為知己者用。乃遂西見嚴仲子、遂刺殺俠累。
新字:聶政者、軹深井里人也。殺人避仇、与母姊如斉、以屠為事。濮陽厳仲子与韓相俠累有卻、恐誅亡去、求人可以報俠累者。聞聶政勇、乃奉黄金百溢、為聶政母寿。聶政不受。久之、聶政母死。既葬除服、聶政曰、嗟乎、政乃市井之人、鼓刀以屠、而厳仲子乃諸侯之卿相也、不遠千里、枉車騎而交臣。臣之所以待之至浅鮮矣、未有大功可以稱者、而厳仲子奉百金為親寿、是者徒深知政也。夫賢者以感忿睚眦之意、而親信窮僻之人、而政独安得嘿然而已乎。且前日要政、政徒以老母。老母今以天年終、政将為知己者用。乃遂西見厳仲子、遂刺殺俠累。
書き下し
聶政は、軹の深井里の人なり。人を殺して仇を避け、母・姊と斉に如き、屠を以て事と為す。濮陽の嚴仲子韓の相俠累と卻有り、誅を恐れて亡げ去り、俠累に報ゆ可き者を求む。聶政の勇を聞き、乃ち黄金百溢を奉じて、聶政の母の寿を為す。聶政受けず。久之、聶政の母死す。既に葬り服を除き、聶政曰く、「嗟乎、政は乃ち市井の人、刀を鼓して以て屠る。而して嚴仲子は乃ち諸侯の卿相なり、千里を遠しとせず、車騎を枉げて臣に交はる。臣の之を待つ所以は至って浅鮮なり、未だ大功の以て称す可き有らざるに、而も嚴仲子百金を奉じて親の寿を為す、是れ徒だ深く政を知ればなり。夫れ賢者睚眦の意を感忿して、窮僻の人を親信す、而して政独り安ぞ嘿然として已むを得んや。且つ前日政を要むるに、政徒だ老母を以てす。老母今天年を以て終はる、政将に知己者の為に用ゐられんとす」と。乃ち遂に西のかた嚴仲子に見え、遂に俠累を刺殺す。
現代語訳
「破格の礼で自分を認めてくれた恩に、命をもって報いる」——聶政の、恩義に対する律儀さと、その報い方を描いた一段です。聶政は、罪を犯して逃れ、肉屋をして母と姉を養う、市井の一庶民でした。あるとき、政敵に狙われていた嚴仲子という高位の人物が、仇討ちのできる勇者を探し、聶政の評判を聞きつけます。嚴仲子は、わざわざ千里の道を越えて聶政を訪ね、黄金百鎰を聶政の母の長寿祝いとして贈りました。諸侯の宰相級の人物が、一介の肉屋にここまで礼を尽くしたのです。しかし聶政は、母が存命であることを理由に、その金を受け取らず、依頼も引き受けませんでした。年月が経ち、母が天寿を全うして亡くなり、喪が明けると、聶政は決意します。「私はただの市井の肉屋にすぎない。それなのに嚴仲子は、諸侯の宰相の身でありながら、千里を遠しとせず、身を低くして私と交わってくれた。私が彼にしてあげたことなど何もなく、称えられるような功績もないのに、彼は百金を捧げて母を祝ってくれた。これは、ただ深く私を認めてくれたということだ。あれほどの人物が、憤りの気持ちから、貧しく身分の低い私を信頼してくれた。どうして黙ったままでいられようか。以前は母がいたから断ったが、母は今、天寿を全うした。私はこれから、自分を認めてくれた人(知己)のために、この身を使おう」と。そして嚴仲子のもとへ赴き、その仇である韓の宰相・俠累を刺殺したのです。ここに、恩義と人の動かし方についての教訓があります。第一に、人は、破格の礼と真心をもって認められると、その恩に深く報いようとするということ。嚴仲子は、身分の低い聶政に、宰相自らが千里を越えて礼を尽くした。この「身分を超えた真心」が、聶政の心を動かし、命がけの働きを引き出した。人を動かすのは、金額や地位そのものではなく、「自分をここまで認め、大切にしてくれた」という真心への感動です。第二に、聶政の律儀さ——恩を受けたら、必ず報いる。ただし、母が生きているうちは、母への孝を優先して断り、母を看取ってから恩に報いた。恩義と孝という二つの義務に、筋を通して順序をつけた。第三に、恩は、その場の報酬ではなく、相手の真心に対して返すもの。聶政は、受け取った金(実際には断った)にではなく、嚴仲子の「深く自分を知ってくれた」真心に報いた。組織や人間関係で、人を動かすには、地位や金額以上に、相手を真に認め大切にする真心が必要であること、そして受けた恩には律儀に報いること——聶政の物語は、恩義をめぐる人の心の機微を教えます。