史記 / 屈原賈生列伝
屈平疾王聽之不聰也、讒諂之蔽明也、邪曲之害公也、方正之不容也、故憂愁幽思而作離騷。離騷者、猶離憂也。屈平正道直行、竭忠盡智以事其君、讒人閒之、可謂窮矣。信而見疑、忠而被謗、能無怨乎。屈平之作離騷、蓋自怨生也。其文約、其辭微、其志絜、其行廉。其稱文小而其指極大、舉類邇而見義遠。其志絜、故其稱物芳。其行廉、故死而不容自疏。濯淖汙泥之中、蟬蛻於濁穢、以浮游塵埃之外、不獲世之滋垢、皭然泥而不滓者也。推此志也、雖與日月爭光可也。
新字:屈平疾王聴之不聰也、讒諂之蔽明也、邪曲之害公也、方正之不容也、故憂愁幽思而作離騷。離騷者、猶離憂也。屈平正道直行、竭忠尽智以事其君、讒人閒之、可謂窮矣。信而見疑、忠而被謗、能無怨乎。屈平之作離騷、蓋自怨生也。其文約、其辞微、其志絜、其行廉。其称文小而其指極大、舉類邇而見義遠。其志絜、故其称物芳。其行廉、故死而不容自疏。濯淖汙泥之中、蟬蛻於濁穢、以浮游塵埃之外、不獲世之滋垢、皭然泥而不滓者也。推此志也、雖与日月争光可也。
書き下し
屈平王の聴くことの聡ならざるを疾み、讒諂の明を蔽ふを、邪曲の公を害するを、方正の容れられざるを疾み、故に憂愁幽思して離騒を作る。離騒とは、猶ほ憂ひに離(かか)るがごときなり。屈平正道を直行し、忠を竭くし智を尽くして以て其の君に事ふるに、讒人之を間す、窮すと謂ふ可し。信にして疑はれ、忠にして謗らる、能く怨み無からんや。屈平の離騒を作るは、蓋し怨みより生ずるなり。其の文約にして、其の辞微にして、其の志絜く、其の行廉なり。其の文を称すること小にして其の指すこと極めて大にして、類を挙ぐること邇くして義を見はすこと遠し。其の志絜し、故に其の物を称すること芳し。其の行廉なり、故に死すとも自ら疏(うと)んぜらるるを容れず。汙泥の中に濯淖し、濁穢より蟬蛻し、以て塵埃の外に浮游し、世の滋垢を獲ず、皭然として泥みて滓らざる者なり。此の志を推せば、日月と光を争ふと雖も可なり。
現代語訳
屈平は、王の耳が聡くないこと、讒言や追従が王の明察を覆い隠すこと、よこしまな者が公正を害すること、正しく方正な者が受け入れられないことを憂え憎み、憂愁の中で深く思いをめぐらせて『離騒』を作った。離騒とは、憂いにかかるという意味である。屈平は正しい道を歩み、忠を尽くし智を尽くして君に仕えたのに、讒言する者が二人の間を裂いた。窮したというべきである。誠実でありながら疑われ、忠でありながらそしられる。怨みがないでいられようか。屈平が『離騒』を作ったのは、この怨みから生まれたものであろう。その文章は簡潔で、言葉はほのめかしに満ち、志は清らかで、行いは廉直である。取り上げる題材は小さくとも、指し示すところは極めて大きく、引く例は身近でも、示す意味は遠い。志が清らかだから、詠む事物も香り高い。行いが廉直だから、死んでも自ら世に迎合しようとしなかった。泥の中で身をすすぎ、汚れた世から蝉のように脱け出し、塵の外に浮かび遊び、世の汚れに染まらなかった。白く清らかで、泥にありながら濁らない者である。この志を推し量れば、日月と光を競うと言ってもよいほどだ。