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史記 / 田単列伝

太史公曰、兵以正合、以奇勝。善之者、出奇無窮。奇正還相生、如環之無端。夫始如處女、適人開戶、後如脫兔、適不及距、其由單之謂邪。

新字:太史公曰、兵以正合、以奇勝。善之者、出奇無窮。奇正還相生、如環之無端。夫始如処女、適人開戶、後如脫兔、適不及距、其由単之謂邪。

書き下し

太史公曰く、「兵は正を以て合し、奇を以て勝つ。之を善くする者は、奇を出だすこと窮まり無し。奇正還りて相ひ生ずること、環の端無きが如し。夫れ始めは処女の如く、適(ゆ)きて人戸を開き、後は脱兎の如く、適きて距ぐに及ばず、其れ単の謂か」と。

現代語訳

「正攻法で相対し、奇策で勝つ。そして状況に応じて自在に変化する」——用兵の妙、ひいては勝負ごと全般の要諦を、田単を例に説いた司馬遷の評です。司馬遷はまず、戦いの根本原則を示します。『兵は正を以て合し、奇を以て勝つ(戦は、正攻法で相手と対峙し、奇策で勝負を決める)』。基本(正)を固めた上で、意表を突く一手(奇)で勝つ。そして『之を善くする者は、奇を出だすこと窮まり無し(用兵の達人は、次々と無尽蔵に奇策を繰り出す)』。さらに、『奇正還りて相ひ生ずること、環の端無きが如し(奇と正は互いに転化し合い、円環のように끝がない)』——正攻法と奇策は固定されたものではなく、状況に応じて互いに入れ替わり、無限に変化する、と。そして田単を、この理想の体現者として称えます。『始めは処女の如く(初めは、深窓の乙女のようにおとなしく、弱々しく振る舞い)、適きて人戸を開く(そのため敵は油断して戸〈守り〉を開いてしまう)。後は脱兎の如く(ひとたび動けば、罠を脱した兎のように迅速に)、適きて距ぐに及ばず(敵は防ぎきれない)』。これが有名な「始めは処女の如く、後は脱兎の如し」の出典です。田単は、初めは弱者を装って敵を油断させ(処女)、機が熟すや火牛の計で電光石火の反撃に出た(脱兎)——まさにこの変幻自在の用兵を体現した、と。ここに、勝負ごとの普遍的な知恵があります。第一に、基本(正)と奇策(奇)の使い分け。奇策だけでは博打になり、正攻法だけでは膠着する。基本を固めた上で、決定的な場面で意表を突く。第二に、状況に応じて変幻自在に変化すること。同じ手は通用しない。奇と正を、状況に応じて柔軟に入れ替え、相手の予測を常に裏切る。第三に、緩急の妙——「処女」の静かさで油断を誘い、「脱兎」の迅速さで一気に決める。ふだんは控えめに構え、好機には全力で瞬時に動く。組織や事業、交渉で、正攻法と奇策を使い分け、状況に応じて柔軟に変化し、静と動の緩急を自在に操ること——田単に見る用兵の妙は、あらゆる勝負における戦略の理想を教えています。

解説

あなたは、基本(正攻法)を固めた上で、決定的な場面で意表を突く奇策を使い分けられていますか?同じ手に固執せず、状況に応じて変幻自在に変化し、相手の予測を裏切れていますか?ふだんは控えめに構え(処女)、好機には全力で瞬時に動く(脱兎)緩急を、操れていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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