史記 / 田単列伝
田單乃收城中得千餘牛,為絳繒衣,畫以五彩龍文,束兵刃於其角,而灌脂束葦於尾,燒其端。鑿城數十穴,夜縱牛,壯士五千人隨其後。牛尾熱,怒而奔燕軍,燕軍夜大驚。牛尾炬火光明炫燿,燕軍視之皆龍文,所觸盡死傷。五千人因銜枚擊之,而城中鼓譟從之,老弱皆擊銅器為聲,聲動天地。燕軍大駭,敗走。齊人遂夷殺其將騎劫。燕軍擾亂奔走,齊人追亡逐北,所過城邑皆畔燕而歸田單,兵日益多,乘勝,燕日敗亡,卒至河上,而齊七十餘城皆復為齊。
新字:田単乃収城中得千余牛,為絳繒衣,画以五彩竜文,束兵刃於其角,而灌脂束葦於尾,焼其端。鑿城数十穴,夜縦牛,壮士五千人随其後。牛尾熱,怒而奔燕軍,燕軍夜大驚。牛尾炬火光明炫燿,燕軍視之皆竜文,所触尽死傷。五千人因銜枚撃之,而城中鼓譟従之,老弱皆撃銅器為声,声動天地。燕軍大駭,敗走。斉人遂夷殺其将騎劫。燕軍擾乱奔走,斉人追亡逐北,所過城邑皆畔燕而帰田単,兵日益多,乗勝,燕日敗亡,卒至河上,而斉七十余城皆復為斉。
書き下し
田単乃ち城中を収めて千余牛を得、絳繒の衣を為り、画くに五彩の竜文を以てし、兵刃を其の角に束ね、而して脂を灌ぎ葦を尾に束ね、其の端を焼く。城を鑿つこと数十穴、夜に牛を縦ち、壮士五千人其の後に随ふ。牛尾熱く、怒りて燕軍に奔る。燕軍夜大いに驚く。牛尾の炬火、光明炫燿し、燕軍之を視るに皆竜文なり。触るる所尽く死傷す。五千人因りて枚を銜みて之を撃ち、而して城中鼓譟して之に従ひ、老弱皆銅器を撃ちて声を為し、声天地を動かす。燕軍大いに駭き、敗走す。斉人遂に其の将騎劫を夷殺す。燕軍擾乱して奔走し、斉人亡ぐるを追ひ北ぐるを逐ひ、過ぐる所の城邑皆燕に畔きて田単に帰し、兵日に益々多く、勝に乗じ、燕は日に敗亡し、卒に河上に至り、而して斉の七十余城皆復た斉と為る。
現代語訳
田単はそこで城中から千頭あまりの牛を集め、深紅の絹の衣を作って五色の竜の模様を描いて着せ、角には刃物をくくりつけ、尾には脂をしみこませた葦の束を結びつけて、その端に火をつけた。城壁に数十の穴をうがち、夜になって牛を放つと、屈強な兵士五千人がその後に続いた。牛は尾が熱いので怒り狂って燕軍へ突進し、燕軍は夜中に大いに驚いた。牛の尾のたいまつは明々と輝き、燕兵が見ればどれも竜の模様であり、触れた者はみな死ぬか傷ついた。五千人の兵はこれに乗じて、声を立てぬよう口に枚(木片)をくわえて攻めかかり、城中の人々は太鼓を打ち鬨の声をあげてこれに続き、老人や子供までが銅器を打ち鳴らして音を立て、その響きは天地を揺るがした。燕軍はひどく恐れて敗走し、斉人はついにその将騎劫を討ち取った。燕軍は混乱して逃げまどい、斉人は逃げる者を追い、敗れる者を追撃した。通り過ぎる町々はみな燕にそむいて田単につき、兵は日ごとに増え、勝ちに乗じて進んだ。燕は日に日に敗れて滅び、ついに黄河のほとりまで追いやられ、斉の七十あまりの城はすべて再び斉のものとなった。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』詭道・田單田単、士卒の用うべきを知り、乃ち身ずから版鍤を操り、士卒と功を分かち、妻妾を行伍の間に編し、飲食を尽く散じて士を饗し、甲卒をして皆伏せしめ、老弱女子をして城に乗らしめ、使いを遣わして燕に降るを約す。燕皆「万歳」と呼ぶ。田単乃ち民の金を収め、千鎰を得て、即墨の富豪をして燕将に遺らしめて曰く、「即墨即ち降らば、願わくは我が族家の妻妾を擄掠する無かれ」と。燕将大いに喜び、これを許し、燕軍これより益々懈る。単乃ち城中を収め、千余の牛を得て、為に絳繒の衣を為り、画くに五彩の竜文を以てし、兵刃を其の角に束ね、脂を灌ぎし葦を尾に束ね、其の端を焼き、城に数十の穴を鑿ち、夜牛を縦ち、壮士五千人其の後に随う。牛の尾熱く、怒りて奔り、燕軍夜大いに驚く。牛尾の炬火光り炫耀し、燕軍これを視るに、皆竜文にして、触るる所尽く死傷す。五千人因りて枚を銜みてこれを撃ち、城中は鼓噪してこれに従い、老弱皆銅器を撃ちて声を為し、声天地を動かす。燕軍大いに駭き、敗走し、遂に騎劫を殺す。〔述評〕勝・広、妖に仮りて以て衆を威す。陳勝と呉広と事を挙げんと謀り、先ず衆を威さんと欲し、乃ち丹もて帛に書して曰く「陳勝王たらん」と。人の罾する所の魚の腹中に置く。卒魚を買い、烹て食らい、腹中の書を得て、これを怪しむ。又広をして旁近の叢祠の中に、夜篝火して狐鳴を作し、呼びて曰わしむ、「大楚興り、陳勝王たらん」と。是に於いて卒皆夜驚き、旦に相率いて語り、往往にして勝を指目す。
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史記 田単列伝田単は、斉の諸田の疏属なり。湣王の時、単は臨菑の市掾と為るも、知られず。燕、楽毅をして斉を伐ち破らしむるに及び、斉の湣王出奔し、已にして莒城を保つ。燕の師長駆して斉を平らぐ。而して田単は安平に走り、其の宗人をして尽く其の車軸の末を断ちて鉄籠を傅けしむ。已にして燕軍安平を攻め、城壊れ、斉人走りて塗を争ひ、轊の折るるを以て車敗れ、燕の虜とする所と為る。唯だ田単の宗人のみ鉄籠の故を以て脱るるを得、東して即墨を保つ。燕既に尽く斉の城を降し、
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『長短経』掩発孫子曰く「善く戦う者は、其の勢い険しく、其の節短し」と。「利を以て之を動かし、卒を以て之を待つ」と。又た曰く「善く敵を動かす者は、之に形すれば、敵必ず従う」と。何を以て其の然るを明らかにせんや。燕、斉を平らげ、即墨城を囲む。即墨城中、田単を推して将と為し以て燕を拒ぐ。田単其の卒を激怒せしめんと欲し、乃ち宣言して曰く「吾唯だ燕の将の得る所の斉の卒を劓し、及び城外の墳墓を掘り、先人を擢かんことを恐る。寒心すべし」と。燕の将其の言の如くす。即墨の人皆涕泣し、共に出でて戦わんと欲し、怒り皆十倍す。単乃ち人の金を収め、千鎰を得て、即墨の富豪をして燕の将に遺らしめ、書して曰く「即墨即ち降らん。願わくは吾が家族を虜にせざれ」と。燕の将大いに喜び、益々懈る。乃ち牛を収めて千頭を得、葦を尾に束ね、其の端を焼き、数十の穴を鑿ち、夜牛を縦ちて出だす。壮士五千人を以て其の後に随わしむ。牛の尾熱くして燕に奔る。燕の軍大いに驚く。随う所の五千、因りて枚を銜みて之を撃つ。燕の軍大いに敗れ、其の将騎劫を殺し、斉の七十余城を復す。
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史記 田単列伝田単士卒の用ふ可きを知り、乃ち身ら版插を操り、士卒と功を分かち、妻妾を行伍の間に編し、尽く飲食を散じて士を饗す。甲卒をして皆伏せしめ、老弱女子をして城に乗らしめ、使を遣りて燕に降を約す。燕軍皆万歳を呼ぶ。田単又民の金を収め、千溢を得、即墨の富豪をして燕将に遺らしめて曰く、「即墨即し降らば、願はくは吾が族家の妻妾を虜掠する無く、安堵せしめよ」と。燕将大いに喜び、之を許す。燕軍此に由りて益々懈る。
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史記 田敬仲完世家襄王莒に在ること五年、田単即墨を以て燕軍を攻破し、襄王を莒に迎へ、臨菑に入る。齊の故地尽く復た齊に属す。齊田単を封じて安平君と為す。
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『新序』雜事第三樂毅昭王の爲に謀る。必ず諸侯の兵を待ちて、齊乃ち伐つ可きなり、と。是に於いて乃ち樂毅をして諸侯に使いせしめ、遂に四國の兵を合連して以て齊を伐ち、大いに之を破る。閔王亡逃し、僅かに身を以て脱れて莒に匿る。樂毅之を追い、遂に七十餘城を屠る。臨淄盡く降る。唯だ莒と即墨のみ未だ下らず。盡く燕の寶器を復收して歸り、易王の辱めを復す。樂毅諸侯の兵を謝罷して、獨り莒と即墨とを圍む。時に田單即墨の令爲り。樂毅の善く兵を用うるを患え、田單詐る能わざるなり。之を去らんと欲するも、昭王又た賢にして、肯えて讒を聽かず。會ミ昭王死し、惠王立つ。田單人をして之を惠王に讒せしむ。惠王騎劫をして樂毅に代わらしむ。樂毅去りて趙に之き歸らず。燕の騎劫既に將軍と爲る。田單大いに喜び、詐を設けて大いに燕軍を破り、騎劫を殺し、盡く七十餘城を復收す。是の時齊の閔公已に死す。田單太子を莒に得て、立てて齊の襄王と爲す。而して燕の惠王大いに慚じ、樂毅に易えて以て此の禍いを致せるを自ら悔ゆ。
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