史記 / 田単列伝
田單知士卒之可用、乃身操版插、與士卒分功、妻妾編於行伍之閒、盡散飲食饗士。令甲卒皆伏、使老弱女子乘城、遣使約降於燕、燕軍皆呼萬歲。田單又收民金、得千溢、令即墨富豪遺燕將、曰、即墨即降、願無虜掠吾族家妻妾、令安堵。燕將大喜、許之。燕軍由此益懈。
新字:田単知士卒之可用、乃身操版挿、与士卒分功、妻妾編於行伍之閒、尽散飲食饗士。令甲卒皆伏、使老弱女子乗城、遣使約降於燕、燕軍皆呼万歳。田単又収民金、得千溢、令即墨富豪遺燕将、曰、即墨即降、願無虜掠吾族家妻妾、令安堵。燕将大喜、許之。燕軍由此益懈。
書き下し
田単士卒の用ふ可きを知り、乃ち身ら版插を操り、士卒と功を分かち、妻妾を行伍の間に編し、尽く飲食を散じて士を饗す。甲卒をして皆伏せしめ、老弱女子をして城に乗らしめ、使を遣りて燕に降を約す。燕軍皆万歳を呼ぶ。田単又民の金を収め、千溢を得、即墨の富豪をして燕将に遺らしめて曰く、「即墨即し降らば、願はくは吾が族家の妻妾を虜掠する無く、安堵せしめよ」と。燕将大いに喜び、之を許す。燕軍此に由りて益々懈る。
現代語訳
田単は兵が使えるようになったと見て、自ら板や鋤を手に取り、兵と労を分かち合い、妻や妾までも部隊に編入し、飲食物をすべて分け与えて兵をもてなした。そして武装兵はみな身を隠させ、老人や女子どもだけを城壁に立たせ、使者を出して燕に降伏を約束させた。燕軍はみな万歳を叫んだ。田単はさらに民から金を集めて千鎰を得、即墨の富豪から燕の将軍へこう贈らせた。「即墨が降伏したら、どうか我々の一族の妻や妾を捕らえたり略奪したりせず、安心して暮らせるようにしてください」。燕の将軍は大いに喜んでこれを許した。燕軍はこれによって、ますます油断した。
解説
「率先して人と苦楽を共にして結束を固め、同時に敵を徹底的に油断させる」——攻撃の前段階での、内固めと敵の弛緩を描いた一段です。田単は、味方の士気が十分に高まったと見ると、まず組織の結束を徹底的に固めます。自ら土木作業の道具を手に取って兵士と一緒に働き、自分の妻妾までも兵の隊列に組み入れ、蓄えた飲食物を全て振る舞って兵をねぎらいました。指揮官が率先して労苦を分かち、家族まで差し出す姿に、兵は一体となります。そして同時に、敵を油断させる策を打ちます。精鋭の武装兵を全員隠し、城壁の上には老人・女性・子供だけを立たせ、燕に使者を送って「降伏する」と申し入れさせた。燕軍は「勝った」と万歳を叫びます。さらに田単は、即墨の富豪たちに金を集めさせ、燕の将に贈って「降伏したら、我々の家族や財産を略奪しないでほしい」と嘆願させました。燕の将は大喜びし、勝利を確信します。こうして燕軍は、すっかり油断し、警戒を緩めきったのです(この直後に火牛の計が来る)。ここに、勝負の前段階における二つの要諦があります。第一に、決戦の前に、まず内部の結束を固めること。田単は、率先垂範(自ら作業する)と、身を削る覚悟(妻妾まで差し出す)で、兵の心を一つにした。組織が総力を発揮するには、リーダー自らが範を示し、苦楽を共にして、一体感を作ることが不可欠です。第二に、敵を徹底的に油断させること。田単は、弱く見せかけ(老弱を城壁に)、降伏を装い、賄賂で相手を喜ばせて、燕軍の警戒心を完全に解いた。強者は、勝利を確信して油断したときが、最も脆い。攻める側は、あえて弱者を演じ、相手に「もう勝った」と思わせることで、決定的な隙を作る。組織や競争で、勝負を仕掛ける前に、まず自陣の結束を率先垂範で固めること、そして相手を油断させて隙を作ること——田単のこの周到な準備が、次の大逆転を可能にしました。
この章句が説くこと
田単率先垂範苦楽を共にする結束を固める敵を油断させる弱者を演じる
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