史記 / 廉頗藺相如列伝
太史公曰、知死必勇、非死者難也、處死者難。方藺相如引璧睨柱、及叱秦王左右、勢不過誅、然士或怯懦而不敢發。相如一奮其氣、威信敵國、退而讓頗、名重太山、其處智勇、可謂兼之矣。
新字:太史公曰、知死必勇、非死者難也、処死者難。方藺相如引璧睨柱、及叱秦王左右、勢不過誅、然士或怯懦而不敢発。相如一奮其気、威信敵国、退而譲頗、名重太山、其処智勇、可謂兼之矣。
書き下し
太史公曰く、「死を知れば必ず勇なり、死は難きに非ざるなり、死に処するは難し。方に藺相如の璧を引きて柱を睨み、及び秦王の左右を叱するや、勢誅に過ぎず、然れども士或いは怯懦にして敢て発せず。相如一たび其の気を奮ひ、威を敵国に信べ、退きて頗に譲り、名太山より重し、其の智勇に処する、謂ひつ可し之を兼ぬと」と。
現代語訳
「死を覚悟する勇気より、その場その場でどう身を処すかの判断が難しい」——藺相如の生き方を通して、真の勇気と智慧のあり方を論じた、司馬遷の結びの一段です。司馬遷はまず、逆説的な洞察を示します。『死を知れば必ず勇なり、死は難きに非ざるなり、死に処するは難し』——死を覚悟すれば誰でも勇敢になれる。死ぬこと自体が難しいのではない。難しいのは、その死(=命がけの局面)に、どう的確に対処するか(処死)だ、と。ただ死を恐れず突っ込むだけなら、それは蛮勇にすぎない。真に難しく、価値があるのは、命がけの状況で、冷静に最善の判断を下し、目的を達することです。そして司馬遷は、藺相如を例に挙げます。藺相如が、璧を手に柱をにらんで(=叩き割るぞと脅して)秦王に迫り、秦王の側近たちを叱りつけたとき、その振る舞いは、一歩間違えれば殺されるものでした。多くの者は、そんな場面では、恐れて何もできない(怯懦にして敢て発せず)。しかし藺相如は、一度その気迫を奮い起こして、強大な敵国・秦にすら威を示した。そして、その一方で、味方の廉頗に対しては、あえて一歩引いて譲った(=私情を抑え国家を優先した)。司馬遷は結論づけます。『其の智勇に処する、之を兼ぬと謂ひつ可し(藺相如の、智慧と勇気を、状況に応じて的確に使い分ける身の処し方は、両方を兼ね備えていたと言える)』と。ここに、真の勇気と智慧のあり方が示されています。第一に、蛮勇(ただ死を恐れない)と、真の勇気(命がけの局面で最善を判断し目的を達する)の違い。藺相如の凄みは、恐れなかったことではなく、恐ろしい状況で冷静に最善手を打ったことにある。第二に、状況に応じた使い分けの妙。藺相如は、敵(秦王)には一歩も引かず気迫で対峙し、味方(廉頗)には潔く譲った。同じ人物が、相手と状況に応じて、強硬にも柔軟にも、的確に振る舞った。勇気とは、常に突っ張ることでも、常に譲ることでもなく、その場に応じて最善を選ぶ判断力(処する智慧)と一体である。組織やキャリアで、困難な局面に直面したとき、蛮勇でも臆病でもなく、冷静に最善を判断して行動すること、そして、強硬さと柔軟さを状況に応じて使い分けること——藺相如の「智勇兼備」は、その理想的な身の処し方を教えています。