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史記 / 楽毅列伝

燕昭王悉起兵,使樂毅為上將軍,趙惠文王以相國印授樂毅。樂毅於是并護趙、楚、韓、魏、燕之兵以伐齊,破之濟西。諸侯兵罷歸,而燕軍樂毅獨追,至于臨菑。齊湣王之敗濟西,亡走,保於莒。樂毅獨留徇齊,齊皆城守。樂毅攻入臨菑,盡取齊寶財物祭器輸之燕。燕昭王大說,親至濟上勞軍,行賞饗士,封樂毅於昌國,號為昌國君。於是燕昭王收齊鹵獲以歸,而使樂毅復以兵平齊城之不下者。樂毅留徇齊五歲,下齊七十餘城,皆為郡縣以屬燕,唯獨莒、即墨未服。

新字:燕昭王悉起兵,使楽毅為上将軍,趙恵文王以相国印授楽毅。楽毅於是并護趙、楚、韓、魏、燕之兵以伐斉,破之済西。諸侯兵罷帰,而燕軍楽毅独追,至于臨菑。斉湣王之敗済西,亡走,保於莒。楽毅独留徇斉,斉皆城守。楽毅攻入臨菑,尽取斉宝財物祭器輸之燕。燕昭王大説,親至済上労軍,行賞饗士,封楽毅於昌国,号為昌国君。於是燕昭王収斉鹵獲以帰,而使楽毅復以兵平斉城之不下者。楽毅留徇斉五歳,下斉七十余城,皆為郡県以属燕,唯独莒、即墨未服。

書き下し

燕の昭王悉く兵を起こし、楽毅をして上将軍為らしむ、趙の恵文王は相国の印を以て楽毅に授く。楽毅是に於いて并せて趙・楚・韓・魏・燕の兵を護りて以て斉を伐ち、これを済西に破る。諸侯の兵罷めて帰る、而して燕軍の楽毅独り追ひて、臨菑に至る。斉の湣王の済西に敗るるや、亡げ走り、莒に保る。楽毅独り留まりて斉を徇ふ、斉皆城守す。楽毅攻めて臨菑に入り、尽く斉の宝財物・祭器を取りてこれを燕に輸す。燕の昭王大いに説び、親ら済上に至りて軍を労ひ、賞を行ひ士を饗し、楽毅を昌国に封じ、号して昌国君と為す。是に於いて燕の昭王、斉の鹵獲を収めて以て帰り、而して楽毅をしてまた兵を以て斉の城の下らざる者を平らげしむ。楽毅留まりて斉を徇ふこと五歳、斉の七十余城を下し、皆郡県と為して以て燕に属せしむ、唯だ独り莒・即墨のみ未だ服せず。

現代語訳

燕の昭王は兵をことごとく起こし、楽毅を上将軍とした。趙の恵文王は相国の印綬を楽毅に授けた。楽毅はこうして趙・楚・韓・魏・燕の兵をまとめて率い、斉を討って済水の西で破った。諸侯の兵は引き上げて帰ったが、燕軍を率いる楽毅だけは追撃を続けて、斉の都臨菑に至った。斉の湣王は済西で敗れると逃げ出し、莒に立てこもった。楽毅はただ一人斉にとどまって各地を攻め従えたが、斉の町々はみな城を固めて守った。楽毅は臨菑に攻め入り、斉の宝物・財物・祭器をことごとく奪って燕へ運んだ。燕の昭王は大いに喜び、自ら済水のほとりまで出向いて軍をねぎらい、恩賞を与え兵士に酒食をふるまい、楽毅を昌国に封じて昌国君と称した。そこで燕の昭王は斉から奪った戦利品を持って帰り、楽毅には引き続き兵を率いさせて、まだ降らない斉の城を平定させた。楽毅は斉にとどまって各地を従えること五年、斉の七十余りの城を降し、すべて郡県として燕に帰属させた。ただ莒と即墨だけがまだ降らなかった。

解説

楽毅が五か国連合軍を率いて斉を破り、七十余城を落とした栄光の段です。燕の昭王は全軍を挙げて楽毅を上将軍とし、趙からは相国の印まで授けられて、楽毅は趙・楚・韓・魏・燕の連合軍を指揮しました。済西の戦いで斉軍を破ると、諸侯の兵は引き上げましたが、楽毅は燕軍だけで追撃を続け、斉の都臨菑に攻め入って宝物や祭器を燕へ送りました。かつて斉に国を踏みにじられた昭王は自ら前線まで出向いて軍をねぎらい、楽毅を昌国君に封じます。その後五年、楽毅は斉の七十余城を降して燕の郡県とし、残るは莒と即墨の二城だけとなりました。連合軍が目的を果たして解散した後も、自軍だけで攻め続けて成果を最大にした判断が光ります。仲間の力を借りて突破口を開き、その後は自らの手で成果を固めていくという進め方は、今の共同事業の進め方にも通じるものがあります。

この章句が説くこと

兵法連合斉討伐弱者連合で強者を倒す楽毅臨菑

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