史記 / 范雎蔡沢列伝
范睢既相秦、魏不知、使須賈於秦。范睢聞之、微行、敝衣閒步之邸、見須賈。須賈見之驚曰、范叔固無恙乎。留與坐飲食、曰、范叔一寒如此哉。乃取一綈袍以賜之。須賈知范睢乃秦相張祿、大驚、肉袒膝行謝罪。范睢曰、汝罪有三耳。然公之所以得無死者、以綈袍戀戀、有故人之意、故釋公。范睢大供具、盡請諸侯使、而坐須賈於堂下、置莝豆其前、令兩黥徒夾而馬食之。數曰、為我告魏王、急持魏齊頭來、不然者、我且屠大梁。須賈歸告魏齊。魏齊恐、亡走趙。
新字:范睢既相秦、魏不知、使須賈於秦。范睢聞之、微行、敝衣閒歩之邸、見須賈。須賈見之驚曰、范叔固無恙乎。留与坐飲食、曰、范叔一寒如此哉。乃取一綈袍以賜之。須賈知范睢乃秦相張祿、大驚、肉袒膝行謝罪。范睢曰、汝罪有三耳。然公之所以得無死者、以綈袍戀戀、有故人之意、故釈公。范睢大供具、尽請諸侯使、而坐須賈於堂下、置莝豆其前、令両黥徒夾而馬食之。数曰、為我告魏王、急持魏斉頭来、不然者、我且屠大梁。須賈歸告魏斉。魏斉恐、亡走趙。
書き下し
范睢既に秦に相たり。魏知らず、須賈をして秦に使ひせしむ。范睢之を聞き、微行し、敝衣閒歩して邸に之き、須賈に見ゆ。須賈之を見て驚きて曰く、「范叔固より恙無きか」と。留めて与に坐して飲食し、曰く、「范叔一に寒きこと此くの如きかな」と。乃ち一綈袍を取りて以て之に賜ふ。須賈范睢の乃ち秦の相張祿なるを知り、大いに驚き、肉袒膝行して謝罪す。范睢曰く、「汝の罪三のみ。然れども公の死する無きを得たる所以は、綈袍の恋恋として、故人の意有るを以て、故に公を釈す」と。范睢大いに供具し、諸侯の使を尽く請ひ、須賈を堂下に坐せしめ、莝豆を其の前に置き、両黥徒をして夾みて馬のごとく之に食はしむ。数へて曰く、「我が為に魏王に告げよ、急ぎ魏齊の頭を持ち来たれ、然らずんば、我且に大梁を屠らんとす」と。須賈帰りて魏齊に告ぐ。魏齊恐れ、亡げて趙に走る。
現代語訳
「深い恨みは晴らすが、わずかな情には報いる」——恩讐に対する范雎の徹底した態度を描いた一段です。かつて范雎を死ぬほど辱めた須賈が、范雎が秦の宰相(張祿)だとは知らず、使者として秦に来ます。范雎は、わざとみすぼらしい身なりで須賈に会いに行きました。須賈は、范雎が生きていたことに驚きつつ、「范叔(范雎)、こんなに落ちぶれて寒そうだな」と哀れんで、一枚の綿入れ(綈袍)を与えます。やがて范雎が秦の宰相その人だと知ると、須賈は仰天し、肌脱ぎで這いつくばって謝罪しました。范雎は「お前の罪は三つある」と数え上げつつ、こう言います。「だがお前が命を助かるのは、あの綿入れを与えてくれた、旧友を思う情がわずかにあったからだ」。しかしその一方で、范雎は諸侯の使者を集めた宴席で、須賈だけを庭の下座に座らせ、馬の飼葉を目の前に置いて、罪人二人に馬のように食わせるという徹底した辱めを与えました。そして「魏王に伝えよ、(かつて自分を殺しかけた真の仇)魏齊の首を差し出せ。さもなくば魏の都を攻め滅ぼす」と迫ったのです。ここに、恩讐に対する一つの態度が示されています。范雎は、受けた深い恨み(屈辱)は徹底して晴らす一方で、須賈がふと見せたわずかな情(綿入れ一枚)には、命を助けるという形で報いました。有名な「睚眦(がいさい、にらまれた程度)の恨みも必ず報い、一飯の恩も必ず返す」という彼の生き方の表れです。この態度には、光と影の両面があります。光の面は、恩を受けたら、たとえわずかでも忘れずに報いる律儀さ。人が示してくれた小さな情や親切を軽んじない姿勢は、信頼の基盤になります。影の面は、恨みへの執着です。范雎の徹底した報復(須賈への辱め、魏齊への執拗な追及)は、彼の器の小ささ・執念深さとしても記録されます。恩には報い、恨みは晴らす——それが人間らしい情義である一方、恨みに囚われすぎることは、司馬遷が他の篇(伍子胥など)でも問う、行き過ぎの危うさをはらみます。組織や人間関係で、受けた恩をきちんと返すことの大切さと、受けた恨みにどこまで囚われるべきかの節度——この一段は、その両面を考えさせます。