史記 / 平原君虞卿列伝
平原君既定從而歸、遂以毛遂為上客。是時齊有孟嘗、魏有信陵、楚有春申、故爭相傾以待士。虞卿者、游說之士也。躡蹻檐簦說趙孝成王。一見、賜黃金百鎰、白璧一雙。再見、為趙上卿、故號為虞卿。秦趙戰於長平、趙不勝。秦既解邯鄲圍、趙王使趙郝約事於秦、割六縣而媾。虞卿諫曰、王慎勿予。秦以其力攻其所不能取、倦而歸、王又以其力之所不能取以送之、是助秦自攻也。來年秦復求割地、王將與之乎。趙王計未定。虞卿料事揣情、為趙畫策、其言雖工、然趙王終不能盡用。
新字:平原君既定従而歸、遂以毛遂為上客。是時斉有孟嘗、魏有信陵、楚有春申、故争相傾以待士。虞卿者、游説之士也。躡蹻檐簦説趙孝成王。一見、賜黄金百鎰、白璧一双。再見、為趙上卿、故号為虞卿。秦趙戦於長平、趙不勝。秦既解邯鄲囲、趙王使趙郝約事於秦、割六県而媾。虞卿諫曰、王慎勿予。秦以其力攻其所不能取、倦而歸、王又以其力之所不能取以送之、是助秦自攻也。来年秦復求割地、王将与之乎。趙王計未定。虞卿料事揣情、為趙画策、其言雖工、然趙王終不能尽用。
書き下し
平原君既に従を定めて帰り、遂に毛遂を以て上客と為す。是の時斉に孟嘗有り、魏に信陵有り、楚に春申有り、故に争ひ相ひ傾けて以て士を待つ。虞卿は、游説の士なり。蹻を躡み簦を檐ひて趙の孝成王に説く。一見して、黄金百鎰・白璧一双を賜ひ、再見して、趙の上卿と為る、故に号して虞卿と為す。秦趙長平に戦ひ、趙勝たず。秦既に邯鄲の囲みを解き、趙王趙郝をして事を秦に約し、六県を割きて媾せしむ。虞卿諫めて曰く、「王慎みて予ふる勿かれ。秦其の力を以て其の取る能はざる所を攻め、倦みて帰る。王又其の力の取る能はざる所を以て之を送るは、是れ秦を助けて自ら攻むるなり。来年秦復た地を割かんことを求めば、王将に之を与へんとするか」と。趙王計未だ定まらず。
現代語訳
「一度譲歩を始めると、際限のない要求を招く」——譲歩の危険な構造を見抜いた虞卿の慧眼を描いた一段です。虞卿は、みすぼらしい旅装で趙王に説き、一度会っただけで黄金と宝玉を、二度目には上卿の位を得た、実力一つで抜擢された遊説家です。長平の敗戦後、秦が邯鄲の包囲を解いて引き揚げると、趙王は秦に六県を割譲して和睦しようとします。虞卿はこれに鋭く反対します。「割譲してはなりません。秦は全力で攻めても攻め取れずに疲れて引き揚げたのです。その、秦が力ずくでは取れなかった土地を、こちらから進んで差し出すのは、秦を助けて自国を攻めさせるようなものです。しかも、今年譲れば、来年また秦は割譲を求めてくるでしょう。そのときも与えるのですか」と。ここに、交渉・譲歩における重要な洞察があります。第一に、相手が力ずくで取れなかったものを、恐怖から進んで差し出すのは、最悪の選択だということ。相手の攻撃が失敗して引いた(=こちらが守り切った)局面は、むしろ有利なはずなのに、恐怖に駆られて譲歩すれば、その有利を自ら捨てることになる。第二に、そして最も重要なのは、譲歩には際限がないという構造です。一度要求に応じれば、相手は「押せばまた取れる」と学習し、翌年も、その翌年も、際限なく要求を重ねてくる。虞卿の『来年また求めてきたらどうするのか』という問いは、譲歩の連鎖の本質を突いています。組織や交渉でも、目先の平穏や恐怖から安易に譲歩すると、それが前例となって、相手の要求はエスカレートし続ける。守り切った局面での不要な譲歩、そして一度譲ることで始まる際限のない譲歩の連鎖——この二つの罠を、虞卿は的確に見抜いていました。譲るべきか否かは、目先の恐怖ではなく、その譲歩が将来どんな連鎖を招くかまで見通して判断すべきなのです。