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史記 / 白起王翦列伝

王翦果代李信擊荊。荊聞王翦益軍而來,乃悉國中兵以拒秦。王翦至,堅壁而守之,不肯戰。荊兵數出挑戰,終不出。王翦日休士洗沐,而善飲食撫循之,親與士卒同食。久之,王翦使人問軍中戲乎?對曰:「方投石超距。」於是王翦曰:「士卒可用矣。」荊數挑戰而秦不出,乃引而東。翦因舉兵追之,令壯士擊,大破荊軍。至蘄南,殺其將軍項燕,荊兵遂敗走。秦因乘勝略定荊地城邑。歲餘,虜荊王負芻,竟平荊地為郡縣。

新字:王翦果代李信撃荊。荊聞王翦益軍而来,乃悉国中兵以拒秦。王翦至,堅壁而守之,不肯戦。荊兵数出挑戦,終不出。王翦日休士洗沐,而善飲食撫循之,親与士卒同食。久之,王翦使人問軍中戯乎?対曰:「方投石超距。」於是王翦曰:「士卒可用矣。」荊数挑戦而秦不出,乃引而東。翦因舉兵追之,令壮士撃,大破荊軍。至蘄南,殺其将軍項燕,荊兵遂敗走。秦因乗勝略定荊地城邑。歳余,虜荊王負芻,竟平荊地為郡県。

書き下し

王翦果たして李信に代はりて荊を撃つ。荊、王翦の軍を益して来たるを聞き、乃ち国中の兵を悉くして以て秦を拒ぐ。王翦至り、壁を堅くしてこれを守り、戦ふことを肯んぜず。荊の兵数々出でて戦ひを挑むも、終に出でず。王翦日に士を休めて洗沐せしめ、善く飲食してこれを撫循し、親ら士卒と食を同じくす。これを久しくして、王翦人をして軍中に戯るるかと問はしむ。対へて曰く、「方に投石超距す」と。是に於いて王翦曰く、「士卒用ふべし」と。荊数々戦ひを挑むも秦出でず、乃ち引きて東す。翦因りて兵を挙げてこれを追ひ、壮士をして撃たしめ、大いに荊の軍を破る。蘄の南に至り、その将軍項燕を殺し、荊の兵遂に敗走す。秦因りて勝ちに乗じて荊の地の城邑を略定す。歳余にして、荊王負芻を虜にし、竟に荊の地を平らげて郡県と為す。

現代語訳

王翦はこうして李信に代わって荊を攻撃した。荊は王翦が兵を増やしてやって来ると聞くと、国中の兵をことごとく集めて秦を防いだ。王翦は着陣すると、塁壁を固めて守り、戦おうとしなかった。荊の兵はたびたび出てきて戦いを挑んだが、王翦は最後まで出なかった。王翦は毎日兵士を休ませて体を洗わせ、よい食事を与えていたわり、自ら兵士と同じものを食べた。しばらくして、王翦は人をやって、兵たちは陣中で遊んでいるかと尋ねさせた。その者は答えた。「ちょうど石投げや跳び越えをして遊んでいる。」そこで王翦は言った。「兵は使えるようになった。」荊はたびたび戦いを挑んだが秦が出てこないので、兵を引いて東へ向かった。王翦はそこで兵を挙げて追撃し、勇士に攻撃させて荊の軍を大いに破った。蘄の南まで追って、その将軍項燕を殺し、荊の兵はついに敗走した。秦は勝ちに乗じて荊の地の城や町を攻め取った。一年あまりで荊王負芻を捕らえ、ついに荊の地を平定して郡県とした。

解説

王翦が六十万の兵で楚を滅ぼすまでを描いた段です。楚が国中の兵を集めて迎え撃つと、王翦は塁壁を固めて一切戦わず、兵を毎日休ませ、体を洗わせ、よい食事を与えて自分も同じものを食べました。やがて兵たちが石投げや跳躍で遊ぶほど力が余っていると聞くと、「もう使える」と判断します。挑発に乗らない楚軍がしびれを切らして東へ退いたところを追撃し、将軍項燕(項羽の祖父)を討ち、翌年には楚王負芻を捕らえて楚を滅ぼしました。数の優位を持ちながら焦らず、兵の心身が満ちるのを待ってから動いたところに、老将の真価があります。部下の状態を自分の目や報告で確かめ、準備が整う前には勝負に出ないという姿勢は、今のプロジェクトや組織運営にもそのまま生かせる考え方です。

この章句が説くこと

兵法忍耐堅守と待機機を待つ士気王翦

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