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史記 / 張儀列伝

陳軫者、游說之士。與張儀俱事秦惠王、皆貴重、爭寵。犀首者、魏之陰晉人也、名衍、姓公孫氏。與張儀不善。張儀已卒之後、犀首入相秦、嘗佩五國之相印、為約長。太史公曰、三晉多權變之士、夫言從衡彊秦者大抵皆三晉之人也。夫張儀之行事甚於蘇秦、然世惡蘇秦者、以其先死、而儀振暴其短以扶其說、成其衡道。要之、此兩人真傾危之士哉。

新字:陳軫者、游説之士。与張儀俱事秦恵王、皆貴重、争寵。犀首者、魏之陰晉人也、名衍、姓公孫氏。与張儀不善。張儀已卒之後、犀首入相秦、嘗佩五国之相印、為約長。太史公曰、三晉多権変之士、夫言従衡彊秦者大抵皆三晉之人也。夫張儀之行事甚於蘇秦、然世悪蘇秦者、以其先死、而儀振暴其短以扶其説、成其衡道。要之、此両人真傾危之士哉。

書き下し

陳軫は、游説の士なり。張儀と倶に秦の恵王に事へ、皆貴重にして寵を争ふ。犀首は、魏の陰晉の人なり、名は衍、姓は公孫氏。張儀と善からず。張儀已に卒するの後、犀首入りて秦に相たり、嘗て五国の相印を佩び、約長と為る。太史公曰く、「三晉に権変の士多く、夫れ従衡もて秦を彊くするを言ふ者は大抵皆三晉の人なり。夫れ張儀の行事は蘇秦より甚だし。然れども世に蘇秦を悪む者は、其の先づ死せるを以て、而して儀其の短を振暴して以て其の説を扶け、其の衡道を成せり。要するに、此の両人は真に傾危の士なるかな」と。

現代語訳

縦横家という「弁舌と権謀で世を動かした人々」の群像と、司馬遷による冷徹な総評を示す結びの一段です。張儀のほかにも、陳軫や犀首(公孫衍)といった遊説の士がいて、互いに寵を争い、時に五国の宰相を兼ねるほどの権勢を振るいました。彼らは、確固たる思想や信念ではなく、その時々の情勢を読んで諸侯を説き伏せ、合従(連合)や連衡(各個撃破)を巧みに操って、天下を動かしたのです。そして司馬遷の評は辛辣です。『此の両人(蘇秦・張儀)は真に傾危の士なるかな(この二人は、まさに世を危うくする(人を傾け国を危うくする)人物だった)』。司馬遷は、彼らの弁舌の才・知略の非凡さは認めつつ、その術が信義や道義ではなく、権謀と欺瞞に基づいていたことを見抜き、手放しには称賛しませんでした。ここに、能力と徳を切り分けて評価する司馬遷の一貫した姿勢があります。縦横家たちは確かに有能で、天下を動かす影響力を持っていた。しかし、その才能が「相手を欺き、利害で人を操る」ことに使われた点を、司馬遷は「傾危(世を危うくする)」と批判します。組織や社会の教訓として、弁舌・交渉・戦略の才は強力な武器ですが、それが何のために、どんな土台(信義か、欺瞞か)の上で使われるかが決定的です。同じ才能でも、信頼を築くために使えば人を活かし、欺瞞に使えば世を乱す。能力の高さそのものではなく、その能力を支える道義のあり方こそが、最後に問われる——縦横家という才人たちの生涯を通して、司馬遷はその普遍の問いを投げかけています。

解説

あなたの弁舌・交渉・戦略といった才能は、何のために、どんな土台(信義か、目先の利のための欺瞞か)の上で使われていますか?能力の高さだけでなく、それを支える道義のあり方を問えていますか?その場の情勢に流されず、確固たる軸を持てていますか?

この一句を、あなたの毎日に。

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