史記 / 仲尼弟子列伝
宓不齊字子賤。少孔子三十歲。孔子謂子賤、君子哉、魯無君子、斯焉取斯。子賤為單父宰、反命於孔子、曰、此國有賢不齊者五人、教不齊所以治者。孔子曰、惜哉不齊所治者小、所治者大則庶幾矣。
新字:宓不斉字子賤。少孔子三十歳。孔子謂子賤、君子哉、魯無君子、斯焉取斯。子賤為単父宰、反命於孔子、曰、此国有賢不斉者五人、教不斉所以治者。孔子曰、惜哉不斉所治者小、所治者大則庶幾矣。
書き下し
宓不齊、字は子賤。孔子より少きこと三十歳。孔子、子賤を謂ふ、「君子なるかな、魯に君子無くんば、斯れ焉ぞ斯を取らん」と。子賤、単父の宰と為り、命を孔子に反して曰く、「此の国に不齊より賢なる者五人有り、不齊を教へて治むる所以なり」と。孔子曰く、「惜しいかな、不齊の治むる所の者小なり、治むる所の者大ならば則ち庶幾からん」と。
現代語訳
宓不齊は字を子賤という。孔子より三十歳若い。孔子は子賤について言った。「君子だな、この男は。もし魯に君子がいないのなら、この男はどこからこの徳を得たというのか」。子賤は単父の長官となり、孔子に復命して言った。「この地には私よりも賢い者が五人おります。彼らが私に教え、それで治めることができたのです」。孔子は言った。「惜しいことだ。不齊が治めているのは小さすぎる。治める場が大きければ、理想に近いものになったろうに」。
解説
優れたマネジメントとは「自分でやること」ではなく「自分より優れた人から学び、活かすこと」だと示す一段です。子賤は単父という町の長官を務め、その報告で「この町には私よりすぐれた人物が五人いて、彼らが私に治め方を教えてくれるのです」と語りました。自分一人の力で治めたと誇るのではなく、自分より優れた人材から学び、その知恵を活かして統治した——ここに謙虚で賢明なリーダー像があります。孔子はこれを高く評価しつつ、『惜しいことに、彼が治めたのは小さな町だ。もっと大きな国を任せれば、さらに理想に近づけただろう』と評しました。つまり子賤のやり方(自分より賢い者を活かす統治)は、規模が大きくなるほど威力を発揮する、と。組織が大きくなるほど、リーダーがすべてを自分でこなすことは不可能になり、「自分より各分野に優れた人材を集め、彼らから学び、活かせるか」が成否を分けます。優れたリーダーは、自分が一番賢くある必要はない。むしろ、自分より優れた人を認め、その力を引き出せる人こそ、大きな器なのです。
この章句が説くこと
子賤人を活かす統治自分より優れた人に学ぶ権限委譲謙虚なリーダー器
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