史記 / 仲尼弟子列伝
顓孫師,陳人,字子張。少孔子四十八歳。子張問干祿,孔子曰:「多聞闕疑,慎言其餘,則寡尤;多見闕殆,慎行其餘,則寡悔。言寡尤,行寡悔,祿在其中矣。」他日從在陳蔡閒,困,問行。孔子曰:「言忠信,行篤敬,雖蠻貊之國行也;言不忠信,行不篤敬,雖州里行乎哉!立則見其參於前也,在輿則見其倚於衡,夫然後行。」子張書諸紳。子張問:「士何如斯可謂之達矣?」孔子曰:「何哉,爾所謂達者?」子張對曰:「在國必聞,在家必聞。」孔子曰:「是聞也,非達也。夫達者,質直而好義,察言而觀色,慮以下人,在國及家必達。夫聞也者,色取仁而行違,居之不疑,在國及家必聞。」
新字:顓孫師,陳人,字子張。少孔子四十八歳。子張問干禄,孔子曰:「多聞闕疑,慎言其余,則寡尤;多見闕殆,慎行其余,則寡悔。言寡尤,行寡悔,禄在其中矣。」他日従在陳蔡閒,困,問行。孔子曰:「言忠信,行篤敬,雖蠻貊之国行也;言不忠信,行不篤敬,雖州里行乎哉!立則見其参於前也,在輿則見其倚於衡,夫然後行。」子張書諸紳。子張問:「士何如斯可謂之達矣?」孔子曰:「何哉,爾所謂達者?」子張対曰:「在国必聞,在家必聞。」孔子曰:「是聞也,非達也。夫達者,質直而好義,察言而観色,慮以下人,在国及家必達。夫聞也者,色取仁而行違,居之不疑,在国及家必聞。」
書き下し
顓孫師は、陳の人、字は子張。孔子より少きこと四十八歳。子張禄を干めんことを問ふ、孔子曰く、「多く聞きて疑はしきを闕き、慎みて其の余りを言へば、則ち尤め寡し。多く見て殆ふきを闕き、慎みて其の余りを行へば、則ち悔い寡し。言に尤め寡く、行ひに悔い寡ければ、禄其の中に在り」と。他日従ひて陳蔡の間に在り、困しみ、行はるることを問ふ。孔子曰く、「言忠信、行ひ篤敬ならば、蛮貊の国と雖も行はれん。言忠信ならず、行ひ篤敬ならずんば、州里と雖も行はれんや。立てば則ち其の前に参するを見、輿に在れば則ち其の衡に倚るを見る、夫れ然る後に行はる」と。子張諸を紳に書す。子張問ふ、「士何如なれば斯に之を達と謂ふべき」と。孔子曰く、「何ぞや、爾の所謂達とは」と。子張対へて曰く、「国に在りても必ず聞こえ、家に在りても必ず聞こゆ」と。孔子曰く、「是れ聞なり、達に非ざるなり。夫れ達なる者は、質直にして義を好み、言を察して色を観、慮りて以て人に下る、国に在りても家に及びても必ず達す。夫れ聞なる者は、色は仁を取りて行ひは違ひ、之に居りて疑はず、国に在りても家に及びても必ず聞こゆ」と。
現代語訳
顓孫師(せんそんし)は陳の人で、字を子張という。孔子より四十八歳年下である。子張が俸禄を得る方法を尋ねると、孔子は言った。「多くを聞いて疑わしいことは控え、残りの確かなことを慎重に言えば、とがめられることは少ない。多くを見て危ういことは控え、残りの確かなことを慎重に行えば、後悔することは少ない。言葉にとがめが少なく、行いに後悔が少なければ、俸禄は自然とその中にある。」別の日、孔子に従って陳と蔡の間で窮地に陥ったとき、子張は、どうすれば自分の考えが世に行われるかを尋ねた。孔子は言った。「言葉が誠実で信義があり、行いが手厚く慎み深ければ、たとえ異民族の国でも行われる。言葉が誠実でなく信義がなく、行いが手厚く慎み深くなければ、たとえ自分の郷里でも行われようか。立っているときはその言葉が目の前に並んでいるように見え、車に乗っているときはそれが車の横木に寄りかかっているように見える。そうなって初めて行われるのだ。」子張はこの言葉を大帯(礼服の帯)に書きつけた。子張が尋ねた。「士はどうであれば『達』と言えるか。」孔子は言った。「おまえの言う『達』とは何か。」子張は答えた。「国にいても必ず評判になり、家にいても必ず評判になることだ。」孔子は言った。「それは『聞(評判)』であって、『達』ではない。『達』とは、質実でまっすぐで義を好み、人の言葉をよく聞き分けて顔色を観察し、よく考えて人にへりくだることだ。そうすれば国にいても家にいても必ず道が通じる。『聞』とは、表向きは仁者を装いながら行いはそれに背き、そのことを疑いもせずにいることだ。そういう者は国にいても家にいても必ず評判にはなる。」
解説
この章句が説くこと
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