史記 / 仲尼弟子列伝
冉雍字仲弓。仲弓問政、孔子曰、出門如見大賓、使民如承大祭。在邦無怨、在家無怨。孔子以仲弓為有德行、曰、雍也可使南面。仲弓父、賤人。孔子曰、犁牛之子騂且角、雖欲勿用、山川其舍諸。
新字:冉雍字仲弓。仲弓問政、孔子曰、出門如見大賓、使民如承大祭。在邦無怨、在家無怨。孔子以仲弓為有徳行、曰、雍也可使南面。仲弓父、賤人。孔子曰、犁牛之子騂且角、雖欲勿用、山川其舎諸。
書き下し
冉雍、字は仲弓。仲弓、政を問ふ。孔子曰く、「門を出づるは大賓を見るが如くし、民を使ふは大祭を承くるが如くす。邦に在りても怨み無く、家に在りても怨み無し」と。孔子、仲弓を以て徳行有りと為し、曰く、「雍や南面せしむ可し」と。仲弓の父は賤人なり。孔子曰く、「犁牛の子も騂くして且つ角有らば、用ふる勿からんと欲すと雖も、山川其れ諸れを舎てんや」と。
現代語訳
冉雍は字を仲弓という。仲弓が政治について尋ねると、孔子は「門を一歩出れば、誰に対しても大切な客に会うように礼を尽くし、民を使うときは、重大な祭祀を執り行うように慎重に誠意を尽くせ。そうすれば、諸侯に仕えても、大夫の家に仕えても、人から怨まれることがない」と答えた。孔子は仲弓を徳行者と認め、「雍なら君主として南面させてもよい(一国を治める器だ)」と評した。仲弓の父は身分の卑しい者だった。それについて孔子は言った。「まだら牛の子でも、毛が赤く立派な角が生えていれば、たとえ人が生贄に使うまいと思っても、山川の神がその牛を見捨てておくだろうか(必ず用いられる)」。
解説
人の価値は「出自」ではなく「本人の資質」で決まる——実力主義の核心を、力強い比喩で示した一段です。仲弓は身分の卑しい父を持ちながら、孔子から「一国を治める器(南面せしむ可し)」と最高級の評価を受けました。孔子の言葉『まだら牛の子でも、赤毛で立派な角があれば、神は見捨てない』は、親の身分や生まれがどうであれ、本人が優れていれば必ず世に用いられる、という強い信念の表明です。組織における採用・登用の原点がここにあります。学歴・家柄・過去の肩書といった「その人が背負ってきた属性」で判断するのではなく、本人が今持っている資質・能力で評価する。出自による偏見は、優れた人材を見逃す最大の要因です。そして仲弓への政治の教え——誰に対しても客のように礼を尽くし、事にあたっては祭祀のように慎重に——は、人の上に立つ者が備えるべき「常なる敬意と誠実さ」を示します。生まれではなく、この日々の姿勢こそが、人を治める器を作るのです。
この章句が説くこと
仲弓実力主義出自で判断しない犁牛の喩え偏見を排す敬意と誠実
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