史記 / 管晏列伝
管仲世所謂賢臣、然孔子小之。豈以為周道衰微、桓公既賢、而不勉之至王、乃稱霸哉。語曰、將順其美、匡救其惡、故上下能相親也。豈管仲之謂乎。
新字:管仲世所謂賢臣、然孔子小之。豈以為周道衰微、桓公既賢、而不勉之至王、乃稱覇哉。語曰、将順其美、匡救其悪、故上下能相親也。豈管仲之謂乎。
書き下し
管仲は世の所謂賢臣なり。然るに孔子之を小とす。豈に周道衰微し、桓公既に賢なるに、而も之を勉して王に至らしめず、乃ち覇を称せしめたる、と以為たるか。語に曰く、「其の美に将順し、其の悪を匡救す。故に上下能く相ひ親しむなり」と。豈に管仲の謂か。
現代語訳
管仲は世に言う賢臣である。ところが孔子は彼を「小人物だ」と低く評した。それはおそらく、周王朝の道が衰えており、桓公が優れた素質を持っていたのに、管仲がその桓公を真の王者(天下の統治者)にまで導かず、覇者どまりにさせてしまった――と孔子は考えたからではないか。古語にこうある。「主君の良い点はその通りに伸ばして助け、悪い点は正して救う。だからこそ上下が互いに親しみ合える」。これはまさに管仲のことを言っているのではないか。
解説
「有能さ」と「志の高さ」は別物であり、補佐役はどこまで主君を引き上げるべきか、を問う評です。孔子は、管仲ほどの実力者なら桓公を覇者どまりではなく真の王道へ導けたはずだ、と惜しみます。実務で大成功したことと、より高い理想を実現させたことは違う、という厳しい基準です。同時に司馬遷は、良き補佐役の定義『其の美に将順し、其の悪を匡救す』――主君(トップ)の長所は伸ばし、短所は正して補う――を掲げ、管仲はそれを体現したと評価します。ここには参謀・ナンバー2の理想像があります。トップに従うだけでも、批判するだけでもなく、長所を最大化し短所を補正する。ただし、目先の成功に満足せず、トップと組織をより高い理想へ引き上げる志も持てているか。有能な補佐役ほど、この「引き上げる責任」を問われるのです。