史記 / 管晏列伝
太史公曰、吾讀管氏牧民・山高・乘馬・輕重・九府、及晏子春秋、詳哉其言之也。既見其著書、欲觀其行事、故次其傳。至其書、世多有之、是以不論、論其軼事。
新字:太史公曰、吾読管氏牧民・山高・乗馬・軽重・九府、及晏子春秋、詳哉其言之也。既見其著書、欲観其行事、故次其伝。至其書、世多有之、是以不論、論其軼事。
書き下し
太史公曰く、吾、管氏の牧民・山高・乗馬・軽重・九府、及び晏子春秋を読むに、詳らかなるかな、其の之を言ふや。既に其の著書を見、其の行事を観んと欲す。故に其の伝を次づ。其の書に至りては、世に多く之有り、是を以て論ぜず、其の軼事を論ず。
現代語訳
太史公(司馬遷)は言う。私は管仲の著書『牧民』『山高』『乗馬』『軽重』『九府』、それに『晏子春秋』を読んだが、その論述はじつに詳しい。すでに彼らの著書を読んだからには、実際にどう行動したのかを見たいと思う。だからこの伝記を編んだ。彼らの著作については、世間に多く出回っているので、ここでは論じない。世に伝わっていない逸話(軼事)の方を取り上げたのである。
解説
司馬遷自身の「編集方針・情報設計」を明かした一節で、コンテンツ制作や情報発信に通じる知恵があります。司馬遷は、すでに世に多く出回っている情報(管仲・晏子の著作そのもの)は繰り返さず、あえて「世に伝わっていない逸話」に焦点を当てると宣言します。既知の情報を重ねても価値は生まれない。人が知らない、その人物の「行動」や「人となり」が見える具体的なエピソードにこそ独自の価値がある、という編集判断です。これは現代の情報発信そのものです。ありふれた一般論を並べるのではなく、独自の切り口・一次的な具体エピソードを選ぶ。そして『著書を見て、その行事(実際の行動)を観たい』――思想や言葉だけでなく、実際に何をしたかで人を測るという、司馬遷の一貫した実践重視の姿勢も表れています。
この章句が説くこと
編集方針情報設計独自性逸話の価値実践重視コンテンツ選定
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