三略 / 上略
軍讖曰;將謀欲密,士眾欲一,攻敵欲疾。將謀密,則姦心閉。士眾一,則軍心結。攻敵疾,則備不及設。軍有此三者,則計不奪。將謀泄,則軍無勢。外窺內,則禍不制。財入營,則眾奸會。將有此三者,軍必敗。將無慮,則謀士去。將無勇,則士卒恐。將妄動,則軍不重,將遷怒,則一軍懼。
新字:軍讖曰;将謀欲密,士衆欲一,攻敵欲疾。将謀密,則姦心閉。士衆一,則軍心結。攻敵疾,則備不及設。軍有此三者,則計不奪。将謀泄,則軍無勢。外窺内,則禍不制。財入営,則衆奸会。将有此三者,軍必敗。将無慮,則謀士去。将無勇,則士卒恐。将妄動,則軍不重,将遷怒,則一軍懼。
書き下し
軍讖に曰く、将の謀は密ならんことを欲し、士衆は一ならんことを欲し、敵を攻むるは疾からんことを欲す。将の謀密なれば、則ち姦心閉づ。士衆一なれば、則ち軍心結ぶ。敵を攻むること疾ければ、則ち備え設くるに及ばず。軍に此の三者有れば、則ち計奪われず。将の謀泄るれば、則ち軍に勢無し。外より内を窺えば、則ち禍制せられず。財、営に入れば、則ち衆奸会す。将に此の三者有れば、軍は必ず敗る。将に慮無ければ、則ち謀士去る。将に勇無ければ、則ち士卒恐る。将妄りに動けば、則ち軍重からず。将怒りを遷せば、則ち一軍懼る。
現代語訳
軍讖にこうある。将の謀は秘密であることが望ましく、兵は心を一つにすることが望ましく、敵を攻めるのは迅速であることが望ましい。将の謀が秘密であれば、内通しようとする悪心は封じられる。兵の心が一つであれば、軍の結束は固まる。攻撃が迅速であれば、敵は備えを整える間もない。軍にこの三つがあれば、計略を奪われることはない。だが将の謀が漏れれば、軍に勢いはなくなる。外から内をのぞかれれば、災いは防げない。賄賂が陣営に入り込めば、悪事を働く者が結集する。将にこの三つがあれば、軍は必ず敗れる。将に思慮がなければ謀士は去る。将に勇気がなければ兵は恐れる。将がむやみに動けば軍は重みを失う。将が怒りを八つ当たりすれば、全軍が怯えるのだ。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』詭道・韋孝寬・岳飛・種世衡乃ち使者を引見して、これを厚く遣る。世衡、使の返り、崧の即ち還るを度る。而して野利、死を報ぜり。世衡既に野利を殺し、又天都を並せ去らんと欲し、因りて祭を境上に設け、祭文を版に書き、二将の相結び、意を本朝に有するも、其の垂成にして敗るるを悼むと述ぶ。其の祭文を紙幣の中に雑え、虜の至る有るや、急ぎ之を以て帰る。版の字は遽かに滅すべからず。虜、之を得て以て元昊に献じ、天都も亦罪を得たり。元昊既に腹心の将を失い、悔恨及ぶ無く、乃ち和議を定む。崧は姓を復して王嵩と為り、後に官は諸司使に至る。今に至るまで辺人これを「王和尚」と謂う。〔述〕沈存中の『補筆談』にも亦此の事を載せ、云う、「世衡、厚く崧を遣り、軍機の密事数条を以て之に与えて曰く、『此れを以て借手とすべし』と。行くに臨み、服する所の絮袍を解きて之に贈りて曰く、『虜の地は苦寒なり。此れを以て別れとなす。彼に至らば須く万計もて遇乞に見えんことを求めよ。即ち野利王なり。此の人に非ずんば、以て其の心腹を得る無し』と。崧、教うる所の如くし、間関して遇乞に通ぜんことを求む。虜人覚りて之を疑い、有司に執らう。数日して、或いは其の袍の領中を発き、世衡の遇乞に与うる書を得たり。詞甚だ款密なり。崧は初め領中の書を知らず。虜人これを苦しむること備に至るも、終に情を言わず。虜人、因りて遇乞を疑い、これを殺し、崧を北境に遷す。亡げ帰る」と。事稍々異なる。『筆談』に据れば則ち領中の書は崧も知らず、崧の膽才は壮にして、似て更に奇なり。世衡又嘗て罪を以て一悉将を怒り、其の背を杖つ。僚属の為に請うも、皆得る能わず。其の人、杖已わるや、即ち元昊に奔る。元昊甚だこれを親信し、歳余にして、尽く其の機密を得て以て帰る。乃ち世衡の能く間を用いるを知るなり。
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『長短経』将体軍誌に曰く、将の謀は密ならんことを欲し、士衆は一ならんことを欲し〔将衆一体の如きなり〕、敵を攻むるは疾からんことを欲す。将の謀密なれば、則ち奸心閉ず。士衆一なれば、則ち群心結ぶ〔結ぶこと一の如きなり〕。敵を攻むること疾ければ、則ち詐設くるに及ばず。軍に此の三者有れば、則ち計奪われず。将の謀泄るれば、則ち軍に勢い無し。外を以て内を闚えば、則ち禍制せず〔窺は、見なり。謀泄るれば、則ち外は己が情の虚実を見る。其の禍制すべからざるなり〕。財営に入れば、則ち衆奸会す〔凡そ軍を為すに、外人をして財貨を以て営内に入らしむれば、則ち奸謀奄ち其の中心に集まる〕。将に此の三者有れば、軍必ず敗る。
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