三略 / 上略
軍讖曰:將之所以為威者,號令也。戰之所以全勝者,軍政也。士之所以輕死者,用命也。故將無還令,賞罰必信,如天如地,乃可使人,士卒用命,乃可越境。
新字:軍讖曰:将之所以為威者,号令也。戦之所以全勝者,軍政也。士之所以軽死者,用命也。故将無還令,賞罰必信,如天如地,乃可使人,士卒用命,乃可越境。
書き下し
軍讖に曰く、将の威を為す所以の者は、号令なり。戦の全勝する所以の者は、軍政なり。士の死を軽んずる所以の者は、命を用うればなり。故に将に還令無く、賞罰必ず信なること、天の如く地の如くなれば、乃ち人を使うべし。士卒命を用うれば、乃ち境を越ゆべし。
現代語訳
軍讖にこうある。将が威厳を保てるのは号令があるからである。戦いが完全な勝利となるのは軍の規律があるからである。兵士が死を軽んじて戦えるのは、命令に従うからである。だから将は一度出した命令を取り消さず、賞罰を必ず言葉どおりに実行し、それが天や地のように動かぬものであってこそ、人を使うことができる。兵士が命令に従うようになって初めて、国境を越えて進軍できるのだ。
解説
リーダーの威厳はどこから来るのか。三略の答えは、号令と規律と、そして言葉の一貫性です。一度出した命令を撤回しない。賞罰を必ず宣言どおりに実行する。それが天地のように揺るがぬものであってこそ、人は動くというのです。ここで言われているのは、厳しさそのものではなく、予測可能性です。約束したことが必ずそのとおりになるという確信が、組織を動かす土台になります。現代の経営でも同じです。方針が頻繁に覆り、評価基準が場当たり的に変わり、褒めると言ったことが実行されない。そうなると、社員は上の言葉を真に受けなくなり、様子見が習慣になります。逆に、決めたことは必ずやり切る、評価と報酬は宣言どおりに実行する。この一貫性が積み重なると、指示は自然と実行されるようになります。威厳とは声の大きさではなく、言葉の確実さのことです。
この章句が説くこと
号令規律賞罰の一貫性言行一致
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