三略 / 上略
軍讖曰:軍井未達,將不言渴。軍幕未辦,將不言倦。軍灶未炊,將不言飢。冬不服裘,夏不操扇,雨不張蓋,是謂將禮。與之安,與之危,故其眾,可合而不可離,可用而不可疲,以其恩素蓄,謀素合也。故曰:蓄恩不倦,以一取萬。
新字:軍讖曰:軍井未達,将不言渇。軍幕未辦,将不言倦。軍灶未炊,将不言飢。冬不服裘,夏不操扇,雨不張蓋,是謂将礼。与之安,与之危,故其衆,可合而不可離,可用而不可疲,以其恩素蓄,謀素合也。故曰:蓄恩不倦,以一取万。
書き下し
軍讖に曰く、軍井未だ達せざれば、将は渇を言わず。軍幕未だ辦らざれば、将は倦を言わず。軍竈未だ炊がざれば、将は飢を言わず。冬に裘を服ず、夏に扇を操らず、雨に蓋を張らず。是を将の礼と謂う。之と安を与にし、之と危を与にす。故に其の衆、合すべくして離すべからず、用うべくして疲らすべからず。其の恩の素より蓄えられ、謀の素より合えるを以てなり。故に曰く、恩を蓄えて倦まざれば、一を以て万を取る、と。
現代語訳
軍讖にこうある。陣中の井戸がまだ掘り上がらぬうちは、将は喉が渇いたとは言わない。陣幕がまだ張り終わらぬうちは、将は疲れたとは言わない。軍の竈にまだ火が入らぬうちは、将は腹が減ったとは言わない。冬でも一人だけ毛皮を着ず、夏でも扇を使わず、雨でも覆いを張らない。これを将の礼という。兵とともに安らぎ、兵とともに危険に身を置く。だからその軍勢は、まとまって離れず、使っても疲れ果てない。それは日ごろから恩が蓄えられ、心が通い合っているからだ。だからこう言うのだ。恩を蓄えて怠らなければ、わずかなもので万倍の働きを得られる、と。
解説
将たる者の日常の律し方を、具体的な場面で描いた一段です。井戸が掘れるまで渇きを口にせず、幕舎が張れるまで疲れたと言わず、飯が炊けるまで空腹を訴えない。冬に一人だけ暖をとらず、夏に一人だけ扇がず、雨に一人だけ覆いを張らない。これを将の礼と呼びます。そして結論が「恩を蓄えて倦まざれば、一を以て万を取る」。日ごろの小さな心づかいの積み重ねが、いざというときに万倍の力となって返ってくるというのです。この考え方は現代のマネジメントにも直結します。信頼は危機の日に急いで作れるものではなく、平時に少しずつ蓄えるものです。自分の待遇を後回しにし、部下の環境を先に整える。その姿を見ている人は必ずいます。リーダーの我慢の順序が、そのまま組織の忠誠心の残高になる。この段はそう教えています。
この章句が説くこと
率先垂範将の礼恩を蓄える信頼の蓄積
関連する章句
-
十七条憲法 第八条群卿百寮(ぐんけいひゃくりょう)、早(つと)に朝(まい)りて晏(おそ)く退(しりぞ)け。公事(くじ)盬(しお)きこと靡(な)く、終日(ひねもす)にも尽(つ)くし難(がた)し。是(ここ)を以(もっ)て遅(おそ)く朝(まい)れば急(きゅう)に逮(およ)ばず、早く退(しりぞ)けば必(かなら)ずその功(こう)を尽(つ)くさず。
-
説苑・反質齊の桓公管仲に謂いて曰く、「吾が國甚だ小にして、財用甚だ少なきに、群臣の衣服輿駕甚だ汰なり、吾之を禁ぜんと欲す、可なるか?」管仲曰く、「臣之を聞く、君之を嘗むれば、臣之を食らう。君之を好めば、臣之を服す。今君の食らうや必ず桂の漿、練紫の衣を衣、狐白の裘なり。此れ群臣の奢汰する所なり。詩に云う、『躬らせず親らせざれば、庶民信ぜず。』君之を禁ぜんと欲せば、胡ぞ自ら親らせざる?」と。桓公曰く、「善し。」と。是に於て練帛の衣、大白の冠に更制し、朝すること一年にして齊國儉なり。
-
説苑・臣術晏子朝す、敝車に乗り駑馬に駕す。景公之を見て曰く、「嘻、夫子の禄寡なきか、何ぞ乗ること任えざるの甚だしきや」と。晏子対えて曰く、「君の賜に頼りて、以て三族及び国の交遊を寿からしめ皆生を得しむ。臣暖衣飽食を得、敝車駑馬、以て其の身を奉ずるは、臣に於いて足れり」と。晏子出づ。公梁丘拠をして輅車乗馬を遺らしむ。三たび返して受けず。公悦ばず、趣ぎて晏子を召す。晏子至る。公曰く、「夫子受けざれば、寡人も亦た乗らじ」と。晏子対えて曰く、「君臣をして百官の吏に臨ましめ、其の衣服飲食の養を節して、以て斉国の人に先んぜしむ。然れども猶お其の侈靡にして其の行いを顧みざらんことを恐る。今輅車乗馬、君之に上に乗り、臣も亦た之に下に乗らば、民の義無くして、其の衣食を侈にして其の行いを顧みざる者は、臣以て之を禁ずる無し」と。遂に譲りて受けず。
-
尚書・君牙爾が身克く正しければ、敢えて正しからざる罔し。
-
六韜・励軍武王 太公に問ひて曰く、「吾 三軍の衆をして、城を攻むれば先登を争ひ、野戦すれば先赴を争ひ、金の声を聞きて怒り、鼓の声を聞きて喜ばしめんと欲す。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「将に三あり」と。武王曰く、「敢へて其の目を問はん」と。太公曰く、「将 冬に裘を服ず、夏に扇を操らず、雨に蓋を張らず、名づけて礼将と曰ふ。将 身づから礼を服せざれば、以て士卒の寒暑を知る無し。隘塞を出で、泥塗を犯すには、将 必ず先づ下りて歩む、名づけて力将と曰ふ。将 身づから力を服せざれば、以て士卒の労苦を知る無し。軍 皆な次を定めて、将 乃ち舎に就く。炊ぐ者 皆な熟して、将 乃ち食に就く。軍 火を挙げざれば、将も亦た挙げず、名づけて止欲将と曰ふ。将 身づから止欲を服せざれば、以て士卒の飢飽を知る無し。将 士卒と寒暑・労苦・飢飽を共にす、故に三軍の衆、鼓の声を聞けば則ち喜び、金の声を聞けば則ち怒る。高城深池、矢石 繁く下るも、士は先登を争ふ。白刃 始めて合ふも、士は先赴を争ふ。士は死を好みて傷つくを楽しむに非ざるなり。其の将の寒暑・飢飽を知ること審らかにして、労苦を見ること明らかなるが為なり」と。
-
孟子・盡心章句下孟子曰く、「身、道を行わざれば、妻子にも行われず。人を使うに道を以 てせざれば、妻子にも行わるること能わず。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る